『ロング・アフタヌーン』評・西上心太

文字数 1,033文字

「長い午後」の魔力
(*小説宝石2022年4月号掲載)

『ロング・アフタヌーン』葉真中 顕(中央公論新社)


 仕事納めの日、新央出版の編集者・葛城梨帆の元に、突然原稿が届く。差出人は志村多恵。その名を見て梨帆の記憶が甦る。七年前に社が主催していた短編新人賞で多恵の作品が最終選考に残ったのだ。梨帆は「犬を飼う」というその作品に惚れ込むが、あえなく落選。それ以来、多恵の応募はなく、新央出版も三年前に小説部門から撤退してしまう。


 今度の原稿は「長い午後」というタイトルで、七年前の二〇一三年を舞台にした「私小説」だった。五十歳の「私」は、電車に飛び込んで死ぬつもりで、最寄りの駅に向かうが、偶然高校時代の親友と出会う。キャリアウーマンで独立を果たした彼女は、平凡な主婦となった自分と正反対の人生を送っていた。活動的な彼女との久しぶりの再会で自殺を思いとどまった「私」は、さらに不穏な感情を抱き始める……。


 梨帆はこの原稿に夢中になる。地方から東京の私大に入学し、イケてる私を演じ、青春を謳歌した日々。この七年の間に経験した結婚と離婚。離婚の直接の引き金となった、梨帆の決断と行動。梨帆のこれまでの体験が、原稿の内容と重なり合い、忌まわしい記憶も封印を解かれて甦ってくるのだ。


 平凡なタイトルと序盤からは想像もつかない展開をみせる、二つの作中作に驚かされ(「犬を飼う」が落選作らしく「稚拙」なところも芸が細かい)、徐々にあぶり出される梨帆の人生にも、共感と反感という相反する感情を抱く。


 梨帆と同じく、「長い午後」の魔力に搦めとられた読者も、作中の出来事が現実なのか虚構なのか、判然としないことに慄然とし、本書が手の込んだミステリーであることに気づかされる。女性心理と、物語が持つ力を描ききった作者の膂力に感嘆。


逸品ぞろいの第二弾

『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』大山誠一郎(実業之日本社)

 二〇一九年版「本格ミステリ・ベスト10」で堂々の一位となった『アリバイ崩し承ります』の待望の続編。

 駅前商店街にある小さな時計店の若い女性店主は、亡き祖父譲りの時計修理と、アリバイ崩しの優れた腕前を持っており、県警捜査一課の新人刑事が持ち込む難事件もたちどころに解いてしまう。

 犯行現場の錯誤。無自覚な協力者。すぐに崩されるアリバイによって完成する真のアリバイトリック、そしてそれによって隠蔽される真相など、夾雑物を排除したコンパクトな五編は、考え抜かれた逸品ぞろいである。

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