『風を彩る怪物』評・西上心太

文字数 1,026文字

青春音楽小説を代表する一作
(*小説宝石2022年8・9月合併号掲載)

『風を彩る怪物』逸木 裕(祥伝社)

 楽大学受験に失敗した名波陽菜は、気分転換のためカフェを営む姉の家を訪れる。姉が住む奥瀬見は山と深い森に抱かれた土地だ。その森の奥から紛れもない楽器の音が聞こえてきた。その音に導かれて陽菜が行き着いた先は、芦原幹・朋子の父娘二人が営むオルガン工房だった。


 陽菜は受験前に出場したフルートコンクールで、曲の本質をすくい取った演奏を披露する年の近い優れた演奏家に出会い、自分は自慢できる特徴も個性もない器用貧乏な演奏家に過ぎないと打ちのめされる。精神的に追いつめられた陽菜は、唇が震えだす症状が現れ、満足な演奏ができなくなっていたのだ。だが工房から響く音を聞いた陽菜は、フルートとはまったく違うオルガンの構造と音に徐々に魅せられていく。

 自分を見失い、長年練習を続けてきた楽器を捨てようかと悩む陽菜。曲折の多い環境で育ち、父と共にオルガンビルダーとして歩み始めた朋子。前半は陽菜の演奏家としての復活と成長が、後半は思わぬ逆境に直面した朋子の試練が描かれる。


 第七十五回日本推理作家協会賞短編部門受賞作の「スケーターズ・ワルツ」も音楽が重要なファクターとなるミステリーだったが、逸木裕が二人の若い女性をフィーチャーした青春音楽小説に挑んでいたことには驚いた。オルガンの歴史、特質(0か1かの二進法の楽器だという!)、製造過程などの蘊蓄が、ストーリーと巧みに絡み合い、興が尽きることがない。二人が困難を克服し成長していく過程を描きながら、音楽を的確かつ魅力的に表現する文章の力にも圧倒された。作中で言及される曲(たとえばサン=サーンスの交響曲第三番)が聴きたくなった。このジャンルを代表する作品の一つである。


史実を生かした歴史ミステリー第二弾

『揺籃の都 平家物語推理抄』羽生飛鳥(東京創元社)

 平家凶兆の夢を見たと触れ回り、平頼盛に追われた青侍が逃げ込んだのは福原の清盛邸だった。邸には福原遷都に反対する清盛の三人の息子も訪れていた。雪で足止めされたその夜、邸内では怪鳥の飛来、清盛の枕頭を守る小長刀の紛失など怪事件が続き、翌朝には青侍のばらばらになった遺体も発見された。

『蝶として死す』の待望の続編だ。異母兄清盛の圧力から一門を守るため、必死にならざるを得ない頼盛。小長刀紛失という史実に加え、当時の慣習と寝殿造りという形状を生かしたトリックが興味深い。

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