格差社会近未来の懐かしい物語 『クララとお日さま』評・円堂都司昭

文字数 1,055文字

(*小説宝石2021年5月号掲載)

『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ)早川書房

 カズオ・イシグロがノーベル文学賞受賞第一作として発表した『クララとお日さま』は、どこか懐(なつ)かしい物語だ。AI(人工知能)搭載(とうさい)の人型ロボット、クララは、十代前半の少女ジョジーのAF(人工親友)として、その家族に購入される。ジョジーは幼なじみのリックと将来を約束しているが、病気を抱えていた。クララは、ジョジーがリックとの永遠の愛を成就(じようじゆ)できるように献身的な冒険をする。


 クララは最新型ではないし、作中では新型のロボットが旧型と距離を置こうとする様子が語られる。こうした同種間の意識の違いは、手塚治虫(てづかおさむ)の『鉄腕アトム』やピクサーの『トイ・ストーリー』など、人に寄り添うロボットやオモチャを描いた従来の物語にもみられた。『クララとお日さま』を懐かしく感じる理由だろう。また、本作の近未来は格差社会であり、ジョジーとリックは立場が異なる。科学技術が階層分化に結びつく設定は、イシグロの過去の作品『わたしを離さないで』を受け継いでいる。


 ジョジーの母親はクララに娘の真似(まね)をさせ、あまりにそっくりだったため「もういい、やめなさい!」と叫ぶ。なにか気味悪さが漂(ただよ)う場面だ。ロボットも人間も同種間で差異があることを個々で意識しているのに、同時にその存在だけの個性などないかもしれないと不安をぬぐえない世界なのだ。矛盾(むじゆん)するようなこの感覚は、現実でも経験するものだろう。


 クララの献身が勘違いと思いこみに満ちていることを伝える作者の語り口は見事。ロボットと人間に距離があるから間違いが正されないのか、ロボットが間違えるのは人間らしさに近づいたからなのか。人間についてあらためて考えてしまう。

設定に惹かれるメフィスト賞受賞作

『スイッチ 悪意の実験』潮谷験(講談社)

 第六十三回メフィスト賞受賞の潮谷験(しおたにけん)『スイッチ 悪意の実験』は、書名になった実験の内容が興味深い。幸せそうなパン屋家族を破滅させるスイッチが与えられ、押しても押さなくても一ヵ月後に百万円の報酬。「純粋な悪」の有無に関するその実験のアルバイトが、仏教系大学で集められる。参加した主人公は新興宗教にかかわった経験から自らが何かを選ぶことを拒絶し、脳内でコイントスして表裏で決めてきた。だが、誰かがスイッチを押したため、善悪の判断すら避けていた彼女は「悪」について考え始める。設定の面白さが際立つ作品。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色