『菜の花の道 千成屋お吟』評・縄田一男

文字数 996文字

細やかな筆致が冴えるシリーズ第二弾
(*小説宝石2022年5月号掲載)

『菜の花の道 千成屋お吟』藤原緋沙子(角川書店)

ろず御用承り所を営む〈千成屋お吟〉シリーズの第二弾。


 表題作は四年前、娘おはつの許嫁・佐之助が襲われた事件の犯人を捕まえた千成屋が再び、おはつ絡みの一件を扱う事に。おはつの実家は京橋の呉服太物商・天野屋で、顔に傷を負った佐之助は、「この傷では世間に禍々しい印象を与え、商いに支障が出る」と店を辞した。その代りにおばのすすめでおはつの婿となった多七は、賭場と岡場所に入り浸り。おまけに佐之助を襲い、江戸を重追放になった時蔵までもがまい戻り、天野屋の商いを立て直せればと佐之助が現れる。多七の放蕩に影をさしたおはつの秘密や天野屋をめぐる人間の欲望が複雑に絡みあい、事件は意外な方向に展開していく。その中で、お吟の、多七やその相方・萩野の弱さを思いやる心情が作品の読みどころとなっている。


 この他、巻頭の「うば桜」における、今は息子の敬四郎に跡目を譲って隠居となっている元北町奉行所の同心・平右衛門のかもし出すユーモア、嫁と上手くいかないおとらへのあたたかい眼差し、これらはお吟の持つ優しさのルーツと言えるだろう。さらに、作品が紋切り型になっていないのは、脇役の隅々にまで張り巡らされた人間観照の素晴らしさにも拠っている。例えば「葛の裏風」における、畳屋・五兵衛の「あっしは岡野藩に先祖代々出入りしている畳屋だ。恩も義理も正義もこの体の中にしみついている男だ」と言う啖呵などは、彼の人間性を最もよく表しているだろう。また、お吟の亭主の行方が判明するかどうかは、読んでのお愉しみである。作者の細やかな筆致は冴えわたっている。


人間の魂のあり方を問う傑作スリラー

『完璧な家族』リサ・ガードナー 著 満園真木 訳(小学館文庫)

 リサ・ガードナーと言えば監禁事件を扱った傑作『棺の女』で話題をさらったが、ついにその続編が登場した。ある日突然、幸福な一家を襲った銃撃事件は、次女と幼い長男、母親とその恋人が命を奪われ、長女が姿を消すという複雑さを孕んでいた。これを追うのは、ボストン市警の女刑事D・D・ウォレン、そしてもう一人、四七二日間の壮絶な監禁から生還したフローラ・デイン。

 ミステリーとしての結構の素晴らしさと、人間とその魂のあり方を問うテーマの重みが見事に一体化した傑作スリラーだ。

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