罪人たちの救済の物語 『もろびとの空 三木城合戦記』評・縄田一男

文字数 1,072文字

(*小説宝石2021年5月号掲載)

『もろびとの空 三木城合戦記』天野純希(集英社)

 本書の中ほどで、元別所(べつしよ)家剣術指南役で、今は百姓をしている室田弥四郎(むろたやしろう)の娘・加代(かよ)が、別所家家臣で〝死に損ない〟の異名を持つ蔭山伊織(かげやまいおり)に「一つだけ、聞いてもええですか?」「これを飲んで、お肉を食べても、うちは人でいられますか?」と尋ねるシーンがある。


 伊織はこれに対して「俺も食った。それが罪だと言うのなら、それでも構わん。生きていれば、そのぶん罪は増えていく。それも、人というものだろう」と返す。


 そして少女はこう言う。「あなたが背負った罪を、うちも背負います」と。


 この一巻が、秀吉(ひでよし)の三木城(みきじよう)の干殺しを描いたものだと話せば、彼女が食したものが何であるかは自(おの)ずと知れよう。


 これまでこの題材を長篇で扱ったものはなかった。短篇で書かれたものは、この干殺しの残忍性ばかりが強調されていたように思われる。誤解を承知で言えば、作者はむしろ、この状況を悠々たる筆致で描いている。そこから生まれるのは、救済のイメージである。それは題名の〝もろびと〟から生じる宗教的雰囲気と相まって、禁忌(きんき)を犯したものたちへ、救いの手を差しのべている。


 なぜかと言えば、彼らは、ある日突然平和な日常を奪われた者たちであり、令和を生きる私達、コロナ禍で、不条理な喪失を強(し)いられた者たちと重なるからである。


 この痛ましい籠城戦の中で、例えば、城主別所長治(ながはる)の叔父・吉親(よしちか)は、徹底抗戦を主張して、長治を幽閉(ゆうへい)する。が彼は、悪人ではない。それも哀れな人間の行為なのだ。


 作者の人間に対する寛容な視点が、脈々と生きている傑作と言えよう。

天下の奇書を漫画化した好著

『追読 人間臨終図巻Ⅱ 文豪編』山田風太郎原作、サメマチオ著(徳間書店)

 古今東西(ここんとうざい)の著名人、九二三名の死に際を切り取った天下の奇書、山田風太郎(やまだふうたろう)の『人間臨終図巻(にんげんりんじゆうずかん)』を漫画化したサメマチオの快作である。題名の頭にある〝追読(ついどく)〟とは、サメマチオ曰く、追って読んでね、ついでに読んでねを組み合わせた造語であるとの事。


 一ページ一人という簡潔なスタイルで、しかも原作の肝である、長く生きることは幸せなのか、という問いかけははずしていない。


 どこから読んでも面白く、原作を横に置いて読めばその面白さは倍加する。と共に、人生を考えさせられる好著である。

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