同僚同士の小さな親切 『夜明けのすべて』評・瀧井朝世

文字数 1,072文字

(*小説宝石2020年12月号掲載)

『夜明けのすべて』瀬尾まいこ(水鈴社)本体1500円+税

 優しくせねばという義務感より、屈託のない大らかさのほうが、相手は受け入れやすいものだ―と、つくづく思わされるのが瀬尾まいこの新作小説『夜明けのすべて』である。


 普段はのんびりした性格なのに、PMS(月経前症候群)によって月に一度、イライラが抑えられなくなって人に辛辣(しんらつ)にあたってしまう美紗(みさ)。彼女が勤務する少人数の会社に転職してきた年下の山添(やまぞえ)は、気力のなさそうな青年。実は彼は、以前は明るい性格だったがパニック障害を患(わずら)い、電車にも乗れなくなって歩いて通える職場に移ってきたのだ。互いの事情を知った二人は、それとなく相手に手を差し伸べあうようになる。といっても見ていられなくてつい助けようとしてしまう、という印象。美紗などは、山添が美容室に行けないからと、ド素人ながら髪を切ってあげようとしたあげく、こけしのような髪型にしてしまう始末。本当に役立っているのかは疑問だが、「優しい自分」を演出するのではなく、本人もどこか楽しんでいる様子が、いつしか山添の心を軽くしている。


 同情心や親切の押しつけは相手の重荷になる場合もある。ひたすら大らかに山添に接する美紗がなんとも魅力的。こうしたキャラクターが描けるのが著者の美点だ。さらに、二人の間に恋愛感情も友情もない点も(この先どうなるか分からないけれども)、彼らの行動が純粋な思いやりに依拠していると分かって好ましい。共にコンプレックスを抱く人間同士ではあるが、自分のことを好きになれなくても、誰かを大切にできる、と彼らは教えてくれる。また、遠巻きに二人を見守っている勤務先の社長にぐっとくる。大人としてこうありたいと思わせる存在だ。常套句ではあるが、嘘偽りなく「心が温まる物語」。

科学を通して見える世界の豊かさ
『八月の銀の雪』伊与原新(新潮社)1600円+税

 何かしらの人生の困難に向き合っている主人公が、他人、そして科学的知識との出会いによって心を動かされていく。新田次郎(につたじろう)文学賞を受賞した短篇集『月まで三キロ』の系譜の短篇集だ。よく行くコンビニのアジア系の店員の不器用さに苛立つ就活生は、ある出来事を経て彼女の意外な一面を知り、疲弊しきったシングルマザーは博物館で海洋生物の絵を描く女性と出会い、彼女の意外な経歴を知る。理系の著者ならではの、物語に絡む科学知識もさまざまで興味を引くが、それらと向き合う人々と、彼らが見つめる世界の豊かさに魅了される。

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