『熔果』評・西上心太

文字数 1,013文字

相棒小説の逸品
(*小説宝石2022年1・2月合併号掲載)

『熔果』黒川博行(新潮社)

―わしや。待ってる。


 堀内伸也にかかってきた伊達誠一からの電話で、このシリーズは動きだす。そう、大阪府警の元マル暴刑事コンビだ。刑事という仕事が大好きで腕利きでもあったが、あまたの不祥事がばれて警察を追われてしまった二人である。


 ヤクザのフロント企業である競売会社の調査員となった伊達は、この電話で堀内を誘い、自社の物件に居座る占有屋の排除に出かけた。ところがこの男が関釜フェリーを使った金塊密輸で逮捕されていたことや、まだ主犯が逃亡中であることを知る。さらにその後、博多で五億円の金塊が強奪される事件もあった。この二つを結びつけた伊達と堀内は、未だ押収されていない金塊の行方を追い始める。


 初期作品の大阪府警シリーズの黒田と亀田の黒マメコンビ、疫病神シリーズの桑原と二宮など、黒川作品に登場するコンビはいくつもあるが、内省的で無口だが聞き込みが巧みな堀内、開けっぴろげでお喋りで座持ちの良い伊達と、性格こそ違うが対等で仲が良い本シリーズの二人こそ、最高のコンビと言えるのではないだろうか。


 伊達が堀内を調査に引き込むのは、大怪我を負って(『繚乱』)以来、出不精で無為な毎日を送る堀内への気遣いもあるからだ。金の匂いが彼らの行動のきっかけではあるが、それは二の次に見える。刑事時代と同様、集めた情報からもつれた糸をほぐし、核心に迫るプロセスが楽しくてたまらないのだ。


 密輸に関わった半グレ集団、ヤクザ、悪徳貴金属ブローカーを追い、拳にものを言わせ、淡路島、湯布院、小倉、博多、名古屋と各地を東奔西走する。ロードノベルの面白さも備えた相棒小説の逸品だ。

伝説のコラムを纏めた一冊

『二人がかりで死体をどうぞ』瀬戸川猛資・松坂健(盛林堂ミステリアス文庫)

瀬戸川猛資と松坂健。大学こそ違えど推理研の繋がりが縁で、同年の二人は交誼を結び、談論風発を重ねたという。本書はこの両名が在学中の一九七一年から、早川書房の「ミステリマガジン」で連載した、国内・翻訳ミステリー書評などの、伝説化されたコラムを纏めたものだ。貶し書評にも芸を見せる瀬戸川。後年ミステリーコンシェルジュを称するにふさわしく、厳しさの中にももてなしの心を忘れない松坂。二人が取り上げている本の古書が動くことは間違いない。瀬戸川の早すぎた死、本書の刊行直前に逝去した松坂。両氏を悼みつつ読んだ。

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