『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』評・瀧井朝世

文字数 1,059文字

無限大の想像力が炸裂
(*小説宝石2021年7月号掲載)

『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』日高トモキチ(光文社)

 この楽しさと非日常感、この懐かしさと切なさ。まるで古き良き遊園地を訪れたかのよう(実際、観覧車なども登場する)。漫画家、イラストレーターとして活躍する日高トモキチの初小説集は、著者の膨大な読書量と知識が遊び心たっぷりに炸裂する、とても刺激的な七篇が収録されている。

 

 表題作「レオノーラの卵」は、レオノーラが生む予定の子供が男か女か賭けをする話。〝卵〟というのだから人間ではなさそうだが、工場長ややまね、チェロ弾きや時計屋の首といった名称の登場キャラクターたちの言動は人間そのもの。頭の中で立ち上がる映像は読者それぞれで異なるだろう。それは他の作品でも同じ。


 かつては巨ハマグリ漁で栄えた港町の沿岸に漂う謎の砂の船の真相に迫る「旅人と砂の船が寄る波止場」、読書家の少女がねずみに頼まれ、アルバイト裁判官として難題を裁く「コヒヤマカオルコの判決」、父親の葬儀が盛大なお祭り騒ぎとなっていく「ゲントウキ」など、どれも設定も展開もぶっ飛んでいる。どこか終末世界的な光景も紛れ込んで一抹の寂しさもあるが、かすかな未来への予感を残して絶望はさせない。宮沢賢治、ガルシア=マルケスを彷彿させる人名が登場したり、突如チェスタトンや坂口安吾や芥川龍之介、漫☆画太郎に言及したり、さらにはピーター・パンの世界観の話にいきなりふ菓子が出てきて「気をつけて。川越で売ってるやつよ。並のふ菓子とは破壊力が違う」という台詞があったり。もう、どれだけ笑わせ、ワクワクさせるのだろう。この自在っぷり。知的で遊び心たっぷりの人が創作すると、こんなにも大風呂敷が広がるのかと感嘆してしまう。今後も小説を書き続け、また未知なる遊園地に連れていってください。


三つ子の青年がイラクで大冒険!

『ヒトコブラクダ層ぜっと』上・下 万城目学(幻冬舎)

 京都や大阪など自身が知っている土地を舞台に荒唐無稽な世界を広げる印象のある著者だが、新作の主な舞台はなんと、イラク。隕石の落下で両親を失い、幼い頃から三人で生きてきた梵天、梵地、梵人の三つ子兄弟。彼らにはそれぞれ異なる奇妙な能力があるのだが、そこに目をつけた謎の女から脅され、自衛隊に入隊してPKOの一員としてかの地に派遣され……。恐竜やメソポタミア文明といったいにしえのモチーフが絡むうえ、さらにタイトルにある「ぜっと」の意味が分かった時には唖然。著者最長の枚数の大長編だが、一気読み必至である。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色