『捜査線上の夕映え』評・円堂都司昭

文字数 1,013文字

ミステリのファンタジー
(*小説宝石2022年3月号掲載)
『捜査線上の夕映え』有栖川有栖(文藝春秋)

 大阪のマンションで殴殺された男性が発見された。凶器は部屋にあった置物。死体はスーツケースに詰められ、クローゼットに置かれていた。交際していた女性や彼から金を借りていた男性など、容疑者は複数浮かぶ。だが、防犯カメラの映像やアリバイが障害になり、本命をなかなか絞りこめない。


 そのように有栖川有栖『捜査線上の夕映え』には、密室、館や孤島、見立て殺人といった派手な道具立てはない。ありふれた殺人のようなのに、なぜかすんなり捜査が進まない事件を題材にしている。興味深いのは、登場人物である作家アリスが、最近の特殊設定ミステリの流行に触れつつ、自分は「ミステリはこの世にあるものだけで書かれたファンタジー」ととらえていると述べていること。この小説は臨床犯罪学者・火村英生が名探偵、作家アリスがワトソン役となるシリーズの一作だが、作中ではある刑事が火村についてこう語る。「あの人が乗り出してくると、地味な事件がファンタジーになってしまいがちです」。実際、本作はそういう風に書かれている。


 一見地味な事件が魅力的な作品になっているのは、語り口によるところが大きい。いつも通り、火村とアリスの軽妙なやりとりは楽しい。また、コロナ禍でGo To トラベルが話題になった時期を舞台とし、旅が物語のポイントになっている。その過程で事件関係者が共有する心象風景であり、書名にもなっている夕焼けの記憶が掘り起こされる。捜査を膠着させた真相の中心には、大胆だが単純なトリックがあった。とはいえ、その単純なトリックは、夕焼けの記憶と結びつくことで詩情を帯びる。有栖川ミステリのファンタジーである。


最新作は館もの

『名探偵に甘美なる死を』方丈貴恵(東京創元社)

 第一作で時空旅行、第二作で孤島を題材にした方丈貴恵「竜泉家の一族」シリーズの新作『名探偵に甘美なる死を』は、館もの。特殊設定ミステリとしてまたもや凝った内容になっている。世界的ゲーム会社のイベントで集められた素人探偵八名は、家族などを人質にとられゲーム参加を強要される。VR空間と現実世界の殺人事件を推理させられるのだ。VRで死んだらゴーストとして蘇るが、現実で死ねばそれっきり。主人公はVR空間での犯人役まで割りふられている。多くの縛りがあるなかで、常識に縛られないトリックが飛び出すのが面白い。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色