『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』評・瀧井朝世
文字数 1,071文字

『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』宮内悠介(幻冬舎)
舞台は明治末期、実在の芸術家たちが続々登場するという、異色の連作ミステリが登場した。
明治四十一年。親から画家の道を反対され、医者を目指しながらこっそりと詩などを発表している木下杢太郎。彼は仲間の北原白秋、吉井勇、石井柏亭、山本鼎、森田恒友ら若い詩人や画家とともに、ベルリンの芸術家運動の会名にちなんだ「牧神(パン)の会」を結成。隅田川をパリのセーヌ川、川沿いの店をカフェに見立てて定期的に集い、芸術について語り合う集まりである。ちなみにこの会合は実際にあったという。
彼らが集うのは西洋料理店の「第一やまと」。最初の会合で、ふと話題は三年前の奇妙な事件に。
団子坂の菊人形小屋で、店番や客がいたのに、突然菊人形に日本刀が突き立てられたのだ。すぐさま謎解き合戦が始まるが議論は膠着。その時「一言よろしゅうございますか」と声をかけてきたのは店の給仕、あやのだ。彼女は鮮やかに謎を解き明かして皆を驚愕させる。以降、会が開かれるたびに謎が持ち込まれ、推理合戦が始まり、あやのの「一言よろしゅうございますか」で状況が変わるパターンが繰り返される。ミステリ好きならすぐ分かるだろうがアシモフの『黒後家蜘蛛の会』を踏襲した形式だ。
集いのメンバーはその都度代わり、のちの日本文化研究者フリッツ・ルンプや石川啄木がゲストに加わることも。提示される謎も猟奇的事件から広義の密室ものまでさまざまで、提供される西洋料理の描写も楽しい。そうした体験を通して、世の中、そして自分の未来を見据えていく杢太郎の青春小説としての読み心地も。この良質なミステリの書き手が、SFや純文学的作品のイメージの強い宮内悠介だというのが、なんとも愉快で、嬉しい。

『ミス・サンシャイン』吉田修一(文藝春秋)