『墓地を見おろす家』/小池真理子

文字数 2,081文字

イラスト/国樹由香
保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで紹介してくださいます!

大好評連載の第54回目は、小池真理子さん墓地を見おろす家』です!

 怖がりなのにホラー小説や映画が大好きです。とはいえ超常現象に詳しいわけでは全くなく、あくまでエンタメとして楽しむ派。

 遊園地のお化け屋敷には入れるけれど、長らく放置された廃屋には入れないタイプといえばわかっていただけるでしょうか。


 夏になると誰しもが涼を求めてなのか、ちまたで俄然ホラー熱が高まりますよね。

 そんな蒸し暑い日に自宅の本棚を眺めていたら、今回ご紹介する小池真理子さん『墓地を見おろす家』(角川ホラー文庫)が目に止まりました。そして、思い出したのです。


「そういえば私はずっと思ってた。犬が出てくる本を紹介する仕事があるのなら、絶対この本を取り上げるのにって」


 現在本当にそんな仕事をさせていただいているのはとても幸福なこと。なのに何故『墓地を見おろす家』が後回しになっていたのでしょうか。理由があります。


 モダンホラーの先駆けと言える作品なので、怖いです。登場人物たちの安全は保証されません。とても可愛い犬が出てきますが、その子だってどうなるか。そんなことを思いつつ読み返し「でも、紹介したい」となりました。


 それくらい雑種犬のクッキーはいいキャラなのです。目立っているわけではありません。でも要所要所でホラーのお約束的な働きをしてくれます。名脇役というわけですね。


 犬が出てくる素敵な本は沢山あります。タイトルに犬の名前が入っているものならば手に取る人も多いでしょう。

 でも名脇役は? スポットライトが当たることなどほぼないであろう彼らに、エールを送りたくなったのです。


 物語は家族で可愛がっていた白文鳥が死ぬところから始まります(鳥好きの皆さま、ごめんなさい)。哲平と美沙緒は30代前半の夫婦。幼い娘の玉緒、雑種犬クッキー、白文鳥のピヨコと、新築の素敵なマンションに引っ越してきました。楽しい生活が始まると思っていた矢先のピヨコの死。不穏でしかありません。


「二LDK、約八十三㎡、築後わずか八か月、管理人夫婦常駐……平和で健全な暮らしを願う家族にとっては、何もかもが言うことなしであった。(中略)

 言うことなし? そうかしら。」


 自問自答する美沙緒。実はこのマンション、広大な墓地と寺と火葬場に三方を囲まれる場所に建てられていたのです。だからこそ値段も破格でした。


「今どき東京で、この値段のマンションなど、どこを探しても見つからないだろう。(中略)

 それにこれまで住んでいた貸家には、いやな思い出もあったし……。」


 その思い出が明らかになることで、我々読者は更に不穏な気持ちに包まれます。


 必死でこのマンションを選んだのは正解だと思い込もうとする美沙緒。でもマンション内で気になる出来事が次々と起こります。夫の哲平に相談しても、深刻に考えない彼に取り合ってはもらえません。

「何か」に気が付いているのは子ども特有の純粋さを持つ玉緒と、鋭い野生の勘を持つクッキー。


「クッキーはさっきと同じ壁の一点をじっと睨みつけていた。人々の慌ただしい動きに興奮することなしに。いや、もっと興奮すべきものがそこにあるかのように。」


 1988年に発表された物語ですので、スマホもPCも出てきません。それが逆に「陸の孤島」のようなマンションの怖さを際立てます。

 ラストの1行に心底震えてください。暑い夏の夜に是非どうぞ。

イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


公式X(旧ツイッター)→https://twitter.com/kunikikuni
公式インスタグラム→https://www.instagram.com/kunikikuni/


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