『愛のひだりがわ』/筒井康隆
文字数 1,806文字
同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』で第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで紹介してくださいます!
大好評連載の第56回目は、筒井康隆さんの『愛のひだりがわ』です!
暑い。信じられないくらい暑いです。って、前回と同じ始まりですみません。立秋を過ぎたなんて嘘ですよね。国樹は長年ロングヘアですが、今夏ほどばっさりいってしまいたいと思ったことはないです。
こんなに暑いと爽快な本を読みたくなります。一瞬で違う環境に身を置けるのが読書の素晴らしいところ。友人のミステリ・SF評論家である日下三蔵さんがおすすめしてくださった1冊が最高でした。かの有名な筒井康隆さん作の『愛のひだりがわ』(新潮文庫)です。
この物語、タイトルと表紙イラストから想像した内容とは大きく違っていました。
青少年向けのジュブナイルですが大人世代が読んでも大変面白く、かなりシビアなシーンも多いため「むしろ人生経験を積んだ大人向けでは」と思ってしまったほど。
舞台は近未来の日本。残念ながら荒廃しきっており、世の中の治安は最悪です。わかりやすく例えるならマッドマックス一歩手前の世界でしょうか。
主人公の月岡愛(つきおかあい)は大好きな母に死なれ、父とは生き別れてしまった女の子。まだ小学六年生なれど、小料理屋で働きながら毎日を一生懸命に生きています。小料理屋の夫婦に辛くあたられても負けません。
愛は幼い頃、野良犬のダンに左腕をかまれてから、左腕を自由に動かせなくなりました。ダンの妻はデン。獰猛で大きなグレート・デンの夫婦は荒れ果てた町の番犬です。愛の亡き母も愛も、かんだダンを恨むことなく、野良犬の彼らに食べものを与え続けるような人たちでした。
そんな強さと優しさをあわせ持つ愛は、どん底のような日々のさなかに決心をします。
「ここを出よう、と、わたしは決心した。父をさがしながら、どこか遠くへ行こう。」
愛には犬と会話出来る不思議な力がありました。旅立ちはデンと共に。暴力が当たり前のように横行する世界で、デンは愛を守るため彼女の「不自由な左がわ」を歩いてくれるのです。「そういうことだったのか」と我々はタイトルの意味を理解するのでした。
全7章からなる物語は、各章に重要なキャラクターの名前がついています。賢く強い犬、懐の深い老人、美しく優しい少年、溢れる聡明さを隠して生きる女性、弱いようでいて誰よりも強かった美女等々、誰もが魅力的なうえ先が読めない怒涛の展開に、ページをめくる手がもどかしいくらい。
先にふれたようにマッドマックス的ですから、殺しも撃ち合いもありますし、悪い奴はとことん悪。ですが、根底に流れるのは確かな「愛」です。タイトルはダブルミーニングかもしれません。ラスト1行にジュブナイルの王道を見ました。
夏休みの終わりに、愛ちゃんとワイルドな旅に出てみませんか。極上のロードムービー体験をお約束します。
漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著の『メフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。
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★国樹さんちの愛犬がLINEスタンプになりました!
[MIX犬のきんとき&かんな]
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柑奈(かんな)
茶色のMIX犬/10歳/自由に生きるおてんば姫
「いっぱいおさんぽしたの。ゆうやけ、きれいね」