〈７月２７日〉　浜口倫太郎

憧(あこが)れのファーストキス


　僕(ぼく)が教(きょう)室(しつ)の扉(とびら)を開(あ)けると、たくさんの女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)がいた。このむさくるしい男(だん)子(し)校(こう)の教(きょう)室(しつ)に、これだけ可愛(かわい)い女(じょ)子(し)がいる。
　性(せい)転換(てんかん)現(げん)象(しょう)……ここ十年(ねん)ほど稀(まれ)に発生(はっせい)する怪(かい)奇(き)現(げん)象(しょう)だ。ある日(ひ)突然(とつぜん)男(おとこ)が女(おんな)に、女(おんな)が男(おとこ)になるのだ。
　僕(ぼく)のこのクラスも、六日(むいか)前(まえ)にクラス全員(ぜんいん)の男(だん)子(し)が突然(とつぜん)女(じょ)子(し)になった。集(しゅう)団(だん)で性(せい)転換(てんかん)現(げん)象(しょう)が起(お)きるのは世(せ)界(かい)でも非(ひ)常(じょう)に珍(めずら)しい。
　ただこの現(げん)象(しょう)が起(お)こっても、特(とく)に誰(だれ)もあわてなかった。この性(せい)転換(てんかん)現(げん)象(しょう)は一週(しゅう)間(かん)で元(もと)通(どお)りになるからだ。
　この女(じょ)子(し)だらけのクラスの中(なか)でも、僕(ぼく)はトップクラスに可愛(かわい)い。僕(ぼく)の男(おとこ)の時(とき)のルックスはいたって平凡(へいぼん)だが、なぜか超(ちょう)絶(ぜつ)美(び)少(しょう)女(じょ)になってしまった。
　授(じゅ)業(ぎょう)が終(お)わり、クラスメイトの誰(だれ)かがしみじみと言(い)った。
「今日(きょう)で女(じょ)子(し)も終(お)わりだもんな。おっぱい揉(も)んどこ」
　俺(おれ)も、俺(おれ)もと全員(ぜんいん)が自(じ)分(ぶん)の胸(むね)を揉(も)みはじめる。おかしな光景(こうけい)だが、中(なか)身(み)は男(だん)子(し)校(こう)生(せい)なのだ。僕(ぼく)も女(じょ)子(し)になって三日(みっか)ほどは、ずっとおっぱいを揉(も)んでいた。
　校舎(こうしゃ)の屋(おく)上(じょう)に行(い)くと、綺(き)麗(れい)な女(おんな)の子(こ)が待(ま)っていた。さらさらの黒髪(くろかみ)と涼(すず)しげな瞳(ひとみ)。僕(ぼく)の親友(しんゆう)の達彦(たつひこ)だ。
　なんて可愛(かわい)いんだろうか、と僕(ぼく)はうっとりした。これが達彦(たつひこ)だとはとても信(しん)じられない。達彦(たつひこ)も僕(ぼく)を見(み)て、目(め)がとろんとしている。
　僕(ぼく)は達彦(たつひこ)の側(そば)により、そろそろとたずねた。
「タッちゃん、いいよな」
「……うん、やろう」
　僕(ぼく)たちの共(きょう)通(つう)の夢(ゆめ)は、可愛(かわい)い女(おんな)の子(こ)とファーストキスをすることだ。そこで男(おとこ)に変(か)わる前(まえ)に、二人(ふたり)でキスをすることにした。
　もちろん僕(ぼく)も達彦(たつひこ)も親友(しんゆう)同(どう)士(し)でキスをするのは嫌(いや)だ。でもこんな美(び)少(しょう)女(じょ)とキスができる機(き)会(かい)が今(こん)後(ご)訪(おとず)れるとは思(おも)えない。この六日(むいか)間(かん)お互(たが)いずっと話(はな)し合(あ)い、悩(なや)みに悩(なや)んで決(き)めたのだ。
　僕(ぼく)は達彦(たつひこ)を抱(だ)き寄(よ)せた。その時(とき)だ。達彦(たつひこ)の肩(かた)が急(きゅう)に盛(も)り上(あ)がってきた。僕(ぼく)は驚(おどろ)きの声(こえ)を上(あ)げる。
「男(おとこ)に戻(もど)ってきてる！」
　予(よ)定(てい)よりも早(はや)く性(せい)転換(てんかん)現(げん)象(しょう)が終(お)わったのだ。達彦(たつひこ)の可(か)憐(れん)な顔(かお)がどんどん角(かく)ばり、細(ほそ)い眉(まゆ)毛(げ)がたわしのようになってきている。
　達彦(たつひこ)があわてふためいた。
「カッちゃん、もう六割(わり)男(おとこ)になってるよ」
　僕(ぼく)の豊(ゆた)かなおっぱいも平(たい)らになり、股(こ)間(かん)にあの重(おも)みを感(かん)じる。
「早(はや)くしよう！」
　そう叫(さけ)んだ時(とき)には、目(め)の前(まえ)に元(もと)のごつい達彦(たつひこ)がいた。
　困(こま)ったように達彦(たつひこ)が言(い)った。
「カッちゃん、どうしよ。もう完全(かんぜん)に男(おとこ)に戻(もど)ったけど……」
「まだ間(ま)に合(あ)う！　俺(おれ)たちなら女(じょ)子(し)の時(とき)の残像(ざんぞう)でいける」
「ざっ、残像(ざんぞう)でいける？　ほんとに？」
「いける！　いける！」
　僕(ぼく)は達彦(たつひこ)に強引(ごういん)にキスをした。
　そのガサガサした感(かん)触(しょく)を感(かん)じた瞬(しゅん)間(かん)、僕(ぼく)はこの世(よ)における大切(たいせつ)な教(おし)えを二(ふた)つ学(まな)んだ。
　一(いち)度(ど)決(き)めたら迷(まよ)わずにさっさとやること。そして残像(ざんぞう)でキスをすると、激(はげ)しい後悔(こうかい)に襲(おそ)われるということ……。


浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう)
１９７９年(ねん)奈良(なら)県(けん)生(う)まれ。２０１０年(ねん)、『アゲイン』(文(ぶん)庫(こ)時(じ)『もういっぺん。』に改題(かいだい))で第(だい)５回(かい)ポプラ社(しゃ)小(しょう)説(せつ)大(たい)賞(しょう)特別(とくべつ)賞(しょう)を受(じゅ)賞(しょう)しデビュー。放送(ほうそう)作家(さっか)として『ビーバップ!ハイヒール』などを担当(たんとう)。他(ほか)の著書(ちょしょ)に『22年(ねん)目(め)の告白(こくはく)―私(わたし)が殺人(さつじん)犯(はん)です―』『廃(はい)校(こう)先生(せんせい)』『シンマイ!』『お父(とう)さんはユーチューバー』などがある。

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