花火()
今()夜()は
何()をする
気()力()も
湧()きません。
というわけで、
何()もかも「つもり」で
済()ませるつもりです。
まずはゴージャスな
夕()食()を
用()意()したつもり。ふたりとも
満()腹()になったつもり。あなたに
食()器()を
洗()ってもらったつもり。その
間()にわたしが
洗()濯()物()を
畳()み、お
風()呂()を
沸()かしたつもり。
でも、やっぱり、このまま
眠()るのは
物()足()りない。
「
夜()の
散()歩()なんて、どう?」
あなたがそう
言()ってくれたら、こちらも
賛()成()するつもり。
団()地()から
出()ると
夜()風()が
意()外()に
涼()しかったりして。ふたりで
静()かな
町()を
歩()いていくつもり。
夜()の
商()店()街()を
通()りすぎて、
夜()の
図()書()館()を
通()りすぎて、
夜()の
公()園()を
通()りすぎて。そうして
歩()きながら、
子()ども
時()代()の
夏()の
思()い
出()を
語()り
合()ったりして。
あなたは「ラムネが
飲()みたい」なんて
言()うんでしょうね。
そのうち
町()のはずれで
小()さな
祭()りを
見()つけるつもり。
地()元()の
人()だけが
集()まっているような
小()さな
神()社()の
祭()りがいいのでは? かき
氷()とか、
綿()アメとか、ちょっとした
夜()店()もあって。あなたは
喜()んでラムネを
買()うでしょう。ちょうど
飲()みたがっていたところですからね。でもあなたがそんなふうに
瓶()のガラス
玉()をカランカランいわせている
間()に、わたしはあなたとはぐれてしまう。
なぜって、お
祭()りってそういうものでしょう。いつも
誰()かが
迷()子()になっている……。
わたしは
神()社()の
裏()手()に
広()がる
野()原()に
佇()んでいる。
彼方()を
夜()汽()車()が
走()っていく。そして
星()ひとつない
夜()空()には、
大()きくて
鮮()やかな
虹()がかかっている。まるで
凍()りついた
花()火()のような、
終()わりゆく
世()界()の
予()兆()のような。あまりにもそれがきれいで、まがまがしいので、
金()縛()りにあったように
身体()は
動()かず、わたしは
息()を
呑()むばかり。しばらくすると
背()後()でカランと
小()さな
音()がする。ラムネ
瓶()に
入()ったガラス
玉()の
音()。
迎()えにきてくれたあなたがわたしを
呼()んでいる。
暗()がりへ
手()を
伸()ばして、わたしはあなたの
手()を
握()る。
「ここです。わたしはここ」
そうして、わたしたちは
夜()の
散()歩()から
帰()ってくる。
翌()日()になり、
翌()々()日()になり、一
週()間()が
経()ち、一カ
月()が
経()ち、一
年()が
経()ち、十
年()が
経()ち、いつまでも
幸()せに
暮()らすつもり。でもときどき、あの
虹()が
見()える。まるで
今()、
自()分()の
目()の
前()にあるかのように
浮()かんでくる。そんなとき、ふとわたしは
思()うんです。
本()当()にわたしは
帰()ってきたんだろうか?
帰()ってきたつもりになっているだけでは?
幸()せに
暮()らしてきたつもりになっているだけでは?
今()でもわたしはあの
野()原()で
夜()の
虹()を
見()上()げているのでは?
森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979
年()奈()良()県()生()まれ。
京()都()大()学()農()学()部()卒()、
同()大()学()院()農()学()研()究()科()修()士()課()程()修()了()。2003
年()『
太()陽()の
塔()』で
日()本()ファンタジーノベル
大()賞()を
受()賞()しデビュー。07
年()『
夜()は
短()し
歩()けよ
乙()女()』で
山()本()周()五()郎()賞()、10
年()『ペンギン・ハイウェイ』で
日()本()S()F()大()賞()を
受()賞()。
主()な
著()書()に『
四()畳()半()神()話()大()系()』『
有()頂()天()家()族()』『
夜()行()』『
熱()帯()』などがある。
【
近刊()】