〈7月3日〉 前川ほまれ
文字数 2,616文字
カエル
インターホンが鳴 る音 () が聞 () こえて、電子 () カルテから顔 () を上 () げた。すぐにナースステーションの一 () 角 () に視線 () を向 () ける。病棟 () 出 () 入 () り口 () を撮影 () するカメラ映像 () には、小 () さな身体 () が映 () し出 () されていた。私 () は椅子 () から腰 () を上 () げ、リノリウムの廊下 () に踏 () み出 () した。
病棟 () 出 () 入 () り口 () のドアを開 () けると、茜 () ちゃんが一人 () で立 () っていた。昨日 () と同 () じように髪 () はポニーテールに結 () ばれ、斜 () めにショルダーバッグを掛 () けている。口元 () を覆 () っている花柄 () の布 () マスクは、手作 () りだろうか。
「看護師 () さん、こんにちは。今日 () もパパのお見舞 () いに来 () ました」
快活 () な声 () を聞 () いて、いつも通 () り病室 () に案内 () しそうになってしまう。私 () は苦 () い唾 () を飲 () み込 () んでから、意識 () して穏 () やかな声 () で言 () った。
「こんにちは。面会 () のことについて、ママから何 () か聞 () いてないかな?」
曇 () り始 () めた丸 () い瞳 () に向 () けて、昨日 () 感染 () 対策 () 委員会 () で決 () まった内容 () を説明 () した。病棟 () 内 () での新型 () コロナウイルス蔓延 () を防 () ぐため、現在 () は家族 () であっても面会 () は禁止 () となっていることを静 () かな声 () で告 () げる。
「それじゃ、これからはパパと会 () えないってことですか?」
「ゴメンね。当面 () の間 () は、そうなるかな」
茜 () ちゃんは毎日 () のように、入院 () している父親 () の面会 () に来 () ていた。病棟 () のホールでオセロやパズルで遊 () ぶ姿 () や、肩 () を並 () べながらジュースを飲 () む二人 () を何度 () も目 () にしたことがある。そんな光景 () を思 () い出 () すと、胸 () に暗 () い影 () が伸 () びる。言 () い訳 () のように言葉 () を続 () けた。
「茜 () ちゃんが面会 () に来 () てくれたことは、ちゃんとお父 () さんに伝 () えるからね」
返事 () は聞 () こえない。その代 () わり、小 () さな手 () がショルダーバッグを漁 () る仕草 () が見 () えた。茜 () ちゃんが取 () り出 () したのは、緑 () 色 () の折 () り紙 () だ。
「さっき手 () を洗 () って、アルコール消毒 () はしました」
茜 () ちゃんはそれだけつぶやくと、素 () 早 () く指先 () を動 () かした。慣 () れた手付 () きで、瞬 () く間 () に緑 () 色 () の折 () り紙 () が形 () を変 () えた。
「パパに渡 () して下 () さい」
あわてて差 () し出 () した私 () の掌 () に、一匹 () のカエルがちょこんと乗 () った。
「上手 () ね。お父 () さんってカエルが好 () きなの?」
私 () の質問 () を聞 () いて、茜 () ちゃんが首 () を横 () に振 () った。
「早 () く病気 () を治 () して、ケロッとした顔 () でお家 () にカエル」
丸 () い瞳 () が茶色 () く透 () き通 () り始 () める。マスクが口元 () を覆 () っていても、ほほえんでいるのが伝 () わった。茜 () ちゃんは一 () 度 () 頭 () を下 () げると、エレベーターの方 () へ消 () えていく。
小 () さな背中 () を見 () 送 () ってから、踵 () を返 () した。そのまま、茜 () ちゃんのお父 () さんがいる病室 () に向 () けて歩 () き出 () す。受 () け取 () ったカエルが飛 () び出 () さないように、自然 () と両手 () で包 () み込 () みながら。
前川ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986年 () 生 () まれ、宮城 () 県 () 出身 () 。看護師 () として働 () くかたわら、小説 () を書 () き始 () める。2017年 () 、『跡 () を消 () す』で第 () 7回 () ポプラ社 () 小説 () 新人 () 賞 () を受賞 () 後 () 、デビュー。受賞 () 後 () 第 () 1作 () 『シークレット・ペイン –夜去 () 医療 () 刑務 () 所 () ・南 () 病舎 () –』が第 () 22回 () 大藪 () 春彦 () 賞 () の候補 () 作 () となる。
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インターホンが
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「こんにちは。
「それじゃ、これからはパパと
「ゴメンね。
「
「さっき
「パパに
あわてて
「
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前川ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986
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