〈８月１８日〉 白尾悠
文字数 2,670文字
三〇歳 のあなたより
（こんなの誰 かのいたずらだ）
心臓 の鼓 動 が早 まり、雨 上 がりの草 と土 の匂 いが、一層 濃 くなった気 がする。紗南 は掘 り返 した缶 の箱 の中 から、その白 い封筒 を恐 る恐 る取 り出 す。表 書 きには、「紗南 様 へ 三〇歳 のあなたより」と書 かれていた。
親友 の光里 と、自 分 たちだけのタイムカプセルをこの公園 の樹 の裏 に埋 めたのは去 年 の九月 のことだった。二十歳 で開 ける予 定 の小 学校 のものより長 くしようと、二人 のカプセルには一八年 後 、三〇歳 の自 分 と互 いへ宛 てた手 紙 を入 れた。中 身 を秘 密 にしたプレゼントも添 えて。
「お手 紙 ありがとうございました。とても懐 かしく読 ませていただきました。具 体 的 には答 えられませんが、頂 いた五つの質問 の内 、三つの答 えはＹＥＳ です。大変 なことは多 いけど、好 きなものが広 がって、楽 しむ術 も増 えて、大人 も面 白 いですよ。
一つだけお願 いがあります。今 あなたが捨 てようとしているもの、どうか取 っておいてもらえませんか。これは幸 せな未 来 のためのヒントなどではまったくなく、ただの私 の我儘 です。あなたが過 ごしている時 間 を、できるだけ忘 れないでいたいのです。では、元 気 でね」
（これだけって……意味 不 明 ）
手 紙 の真 偽 を疑 いながら、紗南 はさっきまで捨 てようとしていた、箱 の底 にあるものたちから目 が離 せない。金色 のリボンをかけた光里 宛 てのプレゼントの中 身 は綺 麗 なグラスだ。三〇歳 になっても親友 同 士 、泊 まりがけで‟二人 パーティー”をするとき用 にと選 んだ。大人 っぽい花 模 様 のカードに書 いた文面 も、はっきりと思 い出 せる。なのに、光里 はきっとぜんぶ忘 れてしまった。
新型 ウィルスが原因 の、突然 の休 校 、駆 け足 の卒 業 式 。新 中 学生 になっても通学 は週 一回 で、おまけに光里 とクラスも別 れた。自 粛 期 間 中 に光里 から何 度 か遊 びの誘 いをもらったけれど、同 居 する祖母 を気 遣 う両 親 に禁 じられた。そうこうしているうちに、光里 は新 しいクラスの子 とメッセージグループを作 り、オンラインゲームで遊 び、一緒 に公園 へ出 かけ、ようやく毎日 通学 できるようになってみれば、光里 の紗南 に対 する態 度 はすっかりよそよそしいものになっていた。この短 い夏 休 みも、紗南 はひとりぼっちだ。
（こんなに悲 しくて苦 しいのに、ぜんぶ捨 てるなって言 うの？）
頭 上 で何匹 もの蝉 の声 が重 なり、音 の幕 に包 まれて、頭 がぼうっとなる。紗南 は箱 を埋 め戻 すと、猛然 と家 へ向 かった。三〇歳 の勝 手 な自 分 に返 事 を書 くために。
白尾悠（しらお・はるか）
神 奈 川 県 生 まれ東 京 育 ち。米 国 の大学 を卒 業 後 帰 国 し、外 資 系 映 画 関連 会社 などを経 て、フリーのデジタルコンテンツ・プロデューサー、マーケター。２０１７年 「アクロス・ザ・ユニバース」で第 １６回 「女 による女 のためのＲ ‐１８文学 賞 」大 賞 、読者 賞 をダブル受 賞 。２０１８年 、受 賞 作 を収 録 した『いまは、空 しか見 えない』（新 潮 社 ）でデビュー。
【近刊 】
（こんなの
「お
一つだけお
（これだけって……
（こんなに
白尾悠（しらお・はるか）
【
