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〈8月23日〉 伴名練
文字数 3,390文字
For
(
フォー
)
you
(
ユー
)
「
下
(
げ
)
校
(
こう
)
時
(
じ
)
刻
(
こく
)
だぞ。
熱心
(
ねっしん
)
なのはいいが、
今日
(
きょう
)
はもう
帰
(
かえ
)
りなさい」
文芸
(
ぶんげい
)
部
(
ぶ
)
部
(
ぶ
)
室
(
しつ
)
の
扉
(
とびら
)
を
開
(
ひら
)
いて
声
(
こえ
)
を
掛
(
か
)
けると、ホワイトボードを
前
(
まえ
)
に
議
(
ぎ
)
論
(
ろん
)
していた
部
(
ぶ
)
員
(
いん
)
たちは
慌
(
あわ
)
てて
身
(
み
)
支
(
じ
)
度
(
たく
)
を
始
(
はじ
)
めた。
日
(
ひ
)
も
沈
(
しず
)
みきった
時
(
じ
)
刻
(
こく
)
に六
人
(
にん
)
も
残
(
のこ
)
っていたのだから、
熱
(
ねつ
)
意
(
い
)
には
頭
(
あたま
)
が
下
(
さ
)
がる。
最
(
さい
)
後
(
ご
)
に
下
(
げ
)
校
(
こう
)
準
(
じゅん
)
備
(
び
)
を
終
(
お
)
えた、
部
(
ぶ
)
長
(
ちょう
)
を
務
(
つと
)
める
女
(
じょ
)
生
(
せい
)
徒
(
と
)
が、
鞄
(
かばん
)
を
肩
(
かた
)
に
掛
(
か
)
けて一
礼
(
れい
)
した。
「
先生
(
せんせい
)
、
部誌
(
ぶし
)
の
印刷
(
いんさつ
)
所
(
じょ
)
手
(
て
)
配
(
はい
)
、
本当
(
ほんとう
)
にありがとうございました」
「そんな
大
(
おお
)
げさにしなくていいよ。
施
(
せ
)
錠
(
じょう
)
はやっておくから
気
(
き
)
をつけて
帰
(
かえ
)
るように」
彼女
(
かのじょ
)
が
退室
(
たいしつ
)
するのを
見
(
み
)
届
(
とど
)
けた
後
(
あと
)
、
静
(
しず
)
かに
名
(
な
)
前
(
まえ
)
を
呼
(
よ
)
ぶ。
「
出
(
で
)
てきていいぞ、
結
(
ゆい
)
」
掃
(
そう
)
除
(
じ
)
用
(
よう
)
具
(
ぐ
)
入
(
い
)
れから、
制服
(
せいふく
)
姿
(
すがた
)
の
少
(
しょう
)
女
(
じょ
)
がすっと
姿
(
すがた
)
を
現
(
あらわ
)
した。
「モテるね、
涼
(
りょう
)
は」
「モテる? なんで?」
「さっきの
子
(
こ
)
、
涼
(
りょう
)
に
恋
(
こい
)
してるんだって。
部
(
ぶ
)
員
(
いん
)
に
打
(
う
)
ち
明
(
あ
)
けてるのを
聞
(
き
)
いちゃった」
「そうか。よくある
気
(
き
)
の
迷
(
まよ
)
いだろうが
距
(
きょ
)
離
(
り
)
を
置
(
お
)
いた
方
(
ほう
)
がいいな」
「あら、
可
(
か
)
哀
(
わい
)
想
(
そう
)
」
「
教
(
きょう
)
師
(
し
)
と
学生
(
がくせい
)
だ、
当然
(
とうぜん
)
だろ」
椅子
(
いす
)
に
身
(
み
)
を
預
(
あず
)
けると、
背
(
はい
)
後
(
ご
)
に
立
(
た
)
った
結
(
ゆい
)
が「
私
(
わたし
)
も
学生
(
がくせい
)
だよ」と
微
(
び
)
笑
(
しょう
)
し、
囁
(
ささや
)
く。
「そろそろ
始
(
はじ
)
めよっか」
頷
(
うなず
)
きを
返
(
かえ
)
すと、
結
(
ゆい
)
は
目
(
め
)
を
閉
(
と
)
じた。
そして。
「──
島
(
しま
)
を
覆
(
おお
)
う
灰
(
はい
)
は、
雪
(
ゆき
)
さながらに
白
(
しろ
)
く、
凍
(
い
)
てついていた。
踏
(
ふ
)
めば
海鳥
(
うみどり
)
のように、きいきいと
囀
(
さえず
)
る──」
結
(
ゆい
)
の
口
(
くち
)
から
生
(
う
)
まれる
言
(
こと
)
葉
(
ば
)
の
群
(
む
)
れを、一
字
(
じ
)
も
逃
(
のが
)
さずタブレットに
打
(
う
)
ち
込
(
こ
)
む。
結
(
ゆい
)
は
学生
(
がくせい
)
でデビューし
複数
(
ふくすう
)
の
賞
(
しょう
)
を
獲
(
と
)
った
作
(
さっ
)
家
(
か
)
だったが、
高
(
こう
)
二の
冬
(
ふゆ
)
、
火
(
か
)
災
(
さい
)
で
家
(
か
)
族
(
ぞく
)
もろとも
死
(
し
)
んだ。
部
(
ぶ
)
室
(
しつ
)
の
地
(
じ
)
縛
(
ばく
)
霊
(
れい
)
になった
結
(
ゆい
)
を
認識
(
にんしき
)
できたのは、いとこで
同
(
どう
)
級
(
きゅう
)
生
(
せい
)
の
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
だけだった。
結
(
ゆい
)
の
望
(
のぞ
)
みは、
死後
(
しご
)
も
物
(
もの
)
語
(
がたり
)
を
世
(
よ
)
に
届
(
とど
)
けることで、だから
口
(
こう
)
述
(
じゅつ
)
筆
(
ひっ
)
記
(
き
)
の
日々
(
ひび
)
が
始
(
はじ
)
まった。
「──
潮風
(
しおかぜ
)
が
吹
(
ふ
)
くたび、
巻
(
ま
)
き
上
(
あ
)
げられた
灰
(
はい
)
は
死
(
し
)
者
(
しゃ
)
の
姿
(
すがた
)
をとって
踊
(
おど
)
った。
少
(
しょう
)
女
(
じょ
)
が
泣
(
な
)
いた
日
(
ひ
)
の
風
(
かぜ
)
は、百
年
(
ねん
)
前
(
まえ
)
に
海
(
うみ
)
で
溺
(
おぼ
)
れた
少
(
しょう
)
年
(
ねん
)
を
呼
(
よ
)
び
寄
(
よ
)
せた──」
結
(
ゆい
)
の
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
は、
覆面
(
ふくめん
)
作
(
さっ
)
家
(
か
)
としての
新
(
あら
)
たな
筆名
(
ひつめい
)
でも
高
(
こう
)
評
(
ひょう
)
を
得
(
え
)
た。
相談
(
そうだん
)
の
上
(
うえ
)
、
原稿
(
げんこう
)
料
(
りょう
)
は
全
(
すべ
)
て
寄付
(
きふ
)
している。
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
が
結
(
ゆい
)
に
抱
(
いだ
)
く
感
(
かん
)
情
(
じょう
)
は
特別
(
とくべつ
)
なものだが、
部
(
ぶ
)
員
(
いん
)
、
O
(
オー
)
B
(
ビー
)
、
顧
(
こ
)
問
(
もん
)
とこちらの
立
(
たち
)
場
(
ば
)
が
変
(
か
)
わっても
関係
(
かんけい
)
が
何
(
なに
)
も
変
(
か
)
わらなかった九
年
(
ねん
)
の
部
(
ぶ
)
室
(
しつ
)
通
(
がよ
)
いの
果
(
は
)
てに、
結
(
ゆい
)
にとって
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
がペンのような
筆
(
ひっ
)
記
(
き
)
具
(
ぐ
)
に
過
(
す
)
ぎないという
諦念
(
ていねん
)
も
得
(
え
)
た。ある
種
(
しゅ
)
の
衝
(
しょう
)
動
(
どう
)
は、
結
(
ゆい
)
には
無
(
む
)
縁
(
えん
)
なのだろうと。
だが一
時
(
じ
)
間
(
かん
)
ほど
経
(
た
)
ち、
画
(
が
)
面
(
めん
)
上
(
じょう
)
で
完成
(
かんせい
)
しつつある
新作
(
しんさく
)
短編
(
たんぺん
)
を
前
(
まえ
)
に、
軽
(
かる
)
い
驚
(
おどろ
)
きに
見
(
み
)
舞
(
ま
)
われた。
結
(
ゆい
)
が「こういうもの」を
書
(
か
)
くのは
初
(
はじ
)
めてだ。
短編
(
たんぺん
)
は、
少
(
しょう
)
女
(
じょ
)
と
少
(
しょう
)
年
(
ねん
)
の
灰
(
はい
)
が
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
うように
舞
(
ま
)
って
閉
(
と
)
じられた。
「このお
話
(
はなし
)
は
貴方
(
あなた
)
への
贈
(
おく
)
り
物
(
もの
)
」
物
(
もの
)
語
(
がたり
)
を
紡
(
つむ
)
ぎ
終
(
お
)
えた
結
(
ゆい
)
はそう
言
(
い
)
ってくすりと
笑
(
わら
)
い、
呟
(
つぶや
)
いた。
「──そう、これは
恋愛
(
れんあい
)
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
」
伴名練(はんな・れん)
1988
年
(
ねん
)
生
(
う
)
まれ。
京
(
きょう
)
都
(
と
)
大学
(
だいがく
)
文学
(
ぶんがく
)
部
(
ぶ
)
卒
(
そつ
)
。2010
年
(
ねん
)
、
大学
(
だいがく
)
在学
(
ざいがく
)
中
(
ちゅう
)
に
応
(
おう
)
募
(
ぼ
)
した「
遠呪
(
えんじゅ
)
」で
第
(
だい
)
17
回
(
かい
)
日
(
に
)
本
(
ほん
)
ホラー
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
大
(
たい
)
賞
(
しょう
)
短編
(
たんぺん
)
賞
(
しょう
)
を
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
。
同年
(
どうねん
)
、
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
作
(
さく
)
の
改題
(
かいだい
)
・
改稿
(
かいこう
)
版
(
ばん
)
を
収
(
しゅう
)
録
(
ろく
)
した『
少
(
しょう
)
女
(
じょ
)
禁
(
きん
)
区
(
く
)
』で
作
(
さっ
)
家
(
か
)
デビュー。
作品
(
さくひん
)
集
(
しゅう
)
『なめらかな
世
(
せ
)
界
(
かい
)
と、その
敵
(
てき
)
』は『
S
(
エス
)
F
(
エフ
)
が
読
(
よ
)
みたい! 2020
年
(
ねん
)
版
(
ばん
)
』で「ベスト
S
(
エス
)
F
(
エフ
)
2019
国内
(
こくない
)
篇
(
へん
)
第
(
だい
)
1
位
(
い
)
」に
選
(
せん
)
出
(
しゅつ
)
された。2020
年
(
ねん
)
7
月
(
がつ
)
、
編
(
へん
)
者
(
じゃ
)
をつとめるアンソロジー『
日
(
に
)
本
(
ほん
)
S
(
エス
)
F
(
エフ
)
の
臨界
(
りんかい
)
点
(
てん
)
[
怪
(
かい
)
奇
(
き
)
篇
(
へん
)
]』 『
日
(
に
)
本
(
ほん
)
S
(
エス
)
F
(
エフ
)
の
臨界
(
りんかい
)
点
(
てん
)
[
恋愛
(
れんあい
)
篇
(
へん
)
]』を
刊行
(
かんこう
)
し、
話
(
わ
)
題
(
だい
)
となる。いまもっとも
注
(
ちゅう
)
目
(
もく
)
を
集
(
あつ
)
める
S
(
エス
)
F
(
エフ
)
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
界
(
かい
)
の
旗
(
き
)
手
(
しゅ
)
。
【
近刊
(
きんかん
)
】
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〈8月14日〉 石崎洋司
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〈8月16日〉 一木けい
〈8月17日〉 山内マリコ
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〈8月21日〉 ぶんけい
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