〈７月１２日〉　支援ＢＩＳ

王(おう)の死(し)


　最後(さいご)の戦(たたか)いを終(お)えた王(おう)は、草(くさ)むらに横(よこ)たわり、静(しず)かな寝(ね)息(いき)を立(た)てている。
　この寝(ね)息(いき)が止(と)まったとき、偉(い)大(だい)な王(おう)は死(し)ぬ。
　二百年(ねん)続(つづ)いた戦乱(せんらん)の時(じ)代(だい)は、今(いま)や終(お)わろうとしている。
　王(おう)が諸国(しょこく)を統一(とういつ)しつつあるからだ。
　大陸(たいりく)の中(ちゅう)央(おう)と北(きた)と東(ひがし)と西(にし)は、すでに王(おう)に服(ふく)している。あとは南(みなみ)に派(は)遣(けん)した将(しょう)軍(ぐん)たちの復命(ふくめい)を待(ま)つばかりだ。
　覇(は)業(ぎょう)が成就(じょうじゅ)間近(まぢか)である今日(きょう)、将(しょう)軍(ぐん)の一人(ひとり)が反乱(はんらん)した。
　王(おう)は神殿(しんでん)に参拝(さんぱい)していた。
　護(ご)衛(えい)は五十人(にん)。襲(しゅう)撃(げき)した将(しょう)軍(ぐん)の軍勢(ぐんぜい)は二千人(にん)。びっしりと神殿(しんでん)を取(と)り囲(かこ)んだ。生(い)き延(の)びることは不(ふ)可(か)能(のう)であるはずだった。
　王(おう)は護(ご)衛(えい)たち全員(ぜんいん)に武具(ぶぐ)を配(くば)った。
　かつて王(おう)が一介(いっかい)の冒険者(ぼうけんしゃ)であったころ、各(かく)地(ち)の迷(めい)宮(きゅう)から得(え)た秘(ひ)宝(ほう)だ。
　私(わたし)に与(あた)えられた剣(けん)は、みかけは古(ふる)ぼけているが、使(し)用(よう)者(しゃ)の攻撃(こうげき)力(りょく)を二倍(ばい)に引(ひ)き上(あ)げるという、驚(おどろ)きの性能(せいのう)を持(も)っていた。
　王(おう)とわれら五十人(にん)は馬(うま)に乗(の)り、一つの塊(かたまり)となって打(う)って出(で)て、ただまっしぐらに裏(うら)切(ぎ)り者(もの)の将(しょう)軍(ぐん)に向(む)かって突進(とっしん)した。
　将(しょう)軍(ぐん)は、あわてて自(じ)分(ぶん)の周(まわ)りに兵(へい)を集(あつ)めようとした。
　それより早(はや)く、われらは防御陣(ぼうぎょじん)を食(く)い破(やぶ)って将(しょう)軍(ぐん)に迫(せま)る。
　味(み)方(かた)は、一人(ひとり)、また一人(ひとり)と倒(たお)れてゆく。だが前進(ぜんしん)は止(と)まらない。
　ついに王(おう)の剣(けん)が将(しょう)軍(ぐん)の首(くび)を刎(は)ねた。
　そのままわれらは敵陣(てきじん)を突(つ)き抜(ぬ)けて走(はし)り去(さ)った。追跡(ついせき)してきた者(もの)はわずかで、やがてそれも途絶(とだ)えた。
　王(おう)はまたも奇(き)蹟(せき)を成(な)し遂(と)げたのだ。
　しかし生(い)き残(のこ)ったのは、王(おう)と私(わたし)だけ。若(わか)い未(み)熟(じゅく)者(もの)の私(わたし)が皆(みな)にかばわれ生(い)き残(のこ)ってしまった。
　王(おう)の受(う)けた傷(きず)は多(おお)く、そのうちのいくつかは致(ち)命(めい)傷(しょう)といってよい深(ふか)さだ。
　とうてい助(たす)かる見込(みこ)みはない。
　馬(うま)を降(お)り、倒(たお)れるように横(よこ)たわった王(おう)の横(よこ)に、私(わたし)は膝(ひざ)を突(つ)いた。その死(し)を看取(みと)るために。
　長(なが)い時(じ)間(かん)が過(す)ぎた。
「王(おう)よ。私(わたし)は冒険者(ぼうけんしゃ)になろうと思(おも)います。あなたが歩(あゆ)んだ道(みち)を私(わたし)も歩(あゆ)んでみたいのです」
「そうか」
　王(おう)はそう言(い)い、むくりと身(み)を起(お)こした。
「うん？　ああ、お前(まえ)、この指(ゆび)輪(わ)を知(し)らなかったか」
　王(おう)は、左(ひだり)手(て)のガントレットを脱(ぬ)いで、呆然(ぼうぜん)とする私(わたし)に、中指(なかゆび)にはめた指(ゆび)輪(わ)を見(み)せた。
「寝(ね)ているあいだに傷(きず)を癒(いや)してくれる指(ゆび)輪(わ)だ。迷(めい)宮(きゅう)品(ひん)だよ」
「な、な」
「さて、城(しろ)に帰(かえ)るぞ。俺(おれ)を殺(ころ)せば王(おう)になれると考(かんが)えるやつが、ほかにもいるかもしれん」
「は、はい」
「その剣(けん)はお前(まえ)にやる。だが、冒険者(ぼうけんしゃ)になるんなら、しまっといたほうがいいな。与(あた)えられたものに頼(たよ)ったんじゃ、お前(まえ)自(じ)身(しん)の強(つよ)さは育(そだ)たん」
　王(おう)はそう言(い)うと、立(た)ち上(あ)がって馬(うま)に乗(の)った。
　私(わたし)も遅(おく)れぬよう自(じ)分(ぶん)の馬(うま)に乗(の)った。
　王(おう)の死(し)は、まだ先(さき)であるようだ。


支援ＢＩＳ（しえんびす）
岡山(おかやま)県(けん)倉敷(くらしき)市(し)生(う)まれ。２０１１年(ねん)から「小(しょう)説(せつ)家(か)になろう」に投稿(とうこう)を開(かい)始(し)。以後(いご)、同(どう)サイト上(じょう)で創作(そうさく)活動(かつどう)を続(つづ)ける。代(だい)表(ひょう)作(さく)に『迷(めい)宮(きゅう)の王(おう)』（講談社(こうだんしゃ)）『辺(へん)境(きょう)の老(ろう)騎士(きし)』『狼(おおかみ)は眠(ねむ)らない』(ＫＡＤＯＫＡＷＡ(カドカワ)) 。

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