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〈7月11日〉 高田大介
文字数 2,812文字
鍵
(
かぎ
)
わたしの
主
(
あるじ
)
は
唖
(
あ
)
者
(
しゃ
)
で
人
(
ひと
)
に
対
(
たい
)
してかけることばは
手
(
しゅ
)
話
(
わ
)
による。だから
外
(
がい
)
出
(
しゅつ
)
中
(
ちゅう
)
に
余
(
よ
)
人
(
じん
)
に
声
(
こえ
)
をかける
時
(
とき
)
にはわたしが
間
(
あいだ
)
にたって
通
(
つう
)
訳
(
やく
)
を
務
(
つと
)
めなければならない。
通
(
つう
)
訳
(
やく
)
が
滞
(
とどこお
)
ると
主
(
あるじ
)
は
途
(
と
)
端
(
たん
)
に
不
(
ふ
)
機
(
き
)
嫌
(
げん
)
になるから、
馴
(
な
)
染
(
じ
)
みの
店
(
みせ
)
ならともかく
今日
(
きょう
)
みたいにがらくた
市
(
いち
)
を
冷
(
ひ
)
やかして
歩
(
ある
)
いていると
気
(
き
)
が
休
(
やす
)
まらない。
「お
嬢
(
じょう
)
さん、どうです、
東
(
とう
)
方
(
ほう
)
の
臈
(
ろう
)
纈
(
けつ
)
更
(
さら
)
紗
(
さ
)
、お
手
(
て
)
にとって
当
(
あ
)
ててみちゃ」
——くたばれ。なんだその
椅
(
い
)
子
(
す
)
の
表
(
ひょう
)
具
(
ぐ
)
みたいな
服
(
ふく
)
。
「すみません、あまりお
気
(
き
)
に
召
(
め
)
さないようですので……」
「ご
堂
(
どう
)
上
(
じょう
)
、
南
(
なん
)
方
(
ぽう
)
から
取
(
と
)
り
寄
(
よ
)
せましたる
錫
(
すず
)
の
香
(
こう
)
炉
(
ろ
)
、
枕
(
ちん
)
頭
(
とう
)
にいかがでしょう」
——
蚊
(
か
)
遣
(
や
)
りでも
焚
(
た
)
いてろ。なにがご
堂
(
どう
)
上
(
じょう
)
だ。
「
主
(
あるじ
)
は
香
(
かお
)
りにうるさいので、あしからず……」
そんな
主
(
あるじ
)
が
足
(
あし
)
を
止
(
と
)
めたのは
文
(
も
)
字
(
じ
)
通
(
どお
)
りの
が
ら
く
た
の
露
(
ろ
)
店
(
てん
)
。
人
(
ひと
)
がとりあえず
引
(
ひ
)
き
出
(
だ
)
しに
突
(
つ
)
っ
込
(
こ
)
んで
忘
(
わす
)
れているような
中
(
ちゅう
)
古
(
こ
)
品
(
ひん
)
が
卓
(
たく
)
上
(
じょう
)
の
緞通
(
だんつう
)
に
散
(
ち
)
らばっている。
錆
(
さ
)
びた
釘
(
くぎ
)
や
螺
(
ね
)
子
(
じ
)
、
吸
(
す
)
い
口
(
くち
)
だけの
喫
(
きつ
)
煙
(
えん
)
具
(
ぐ
)
、
緑
(
ろく
)
青
(
しょう
)
のわいた
文
(
ぶん
)
鎮
(
ちん
)
、
数
(
かず
)
の
揃
(
そろ
)
わぬ
食
(
しょく
)
事
(
じ
)
器
(
き
)
具
(
ぐ
)
……それから
鈍
(
にぶ
)
くくすんだ一
綴
(
つづ
)
りの
鍵
(
かぎ
)
束
(
たば
)
。
——
合
(
あ
)
いの
錠
(
じょう
)
前
(
まえ
)
が
無
(
な
)
いのに
鍵
(
かぎ
)
だけ
売
(
う
)
ってる。こんな
無
(
む
)
用
(
よう
)
物
(
ぶつ
)
もないもんだね。
「
世
(
せ
)
界
(
かい
)
のどこかにこの
鍵
(
かぎ
)
を
探
(
さが
)
し
回
(
まわ
)
っている
人
(
ひと
)
もあるかもしれませんね」
露
(
ろ
)
店
(
てん
)
の
卓
(
たく
)
の
向
(
む
)
こうから
頭
(
ず
)
巾
(
きん
)
の
老
(
ろう
)
婆
(
ば
)
が
節
(
ふし
)
くれ
立
(
だ
)
った
手
(
て
)
を
伸
(
の
)
ばし、
珍
(
めずら
)
しくも
立
(
た
)
ち
止
(
ど
)
まった
主
(
あるじ
)
の
目
(
め
)
の
前
(
まえ
)
で
鍵
(
かぎ
)
束
(
たば
)
を
繰
(
く
)
りはじめた。
真
(
しん
)
鍮
(
ちゅう
)
だろうか、いくつもの
鍵
(
かぎ
)
がしゃらしゃらと
音
(
おと
)
を
立
(
た
)
て、やがて
老婆
(
ろうば
)
は
鍵束
(
かぎたば
)
から一つの
鍵
(
かぎ
)
を
選
(
よ
)
り
分
(
わ
)
けると、
主
(
あるじ
)
に
差
(
さ
)
し
出
(
だ
)
して
見
(
み
)
せた。
主
(
あるじ
)
は
片
(
かた
)
方
(
ほう
)
の
眉
(
まゆ
)
毛
(
げ
)
をぴくりと
上
(
あ
)
げると、ついで
口
(
くち
)
の
片
(
かた
)
端
(
はし
)
だけを
き
り
と
上
(
あ
)
げて、
ほ
う
と
頷
(
うなず
)
いた。
——
頂
(
いただ
)
こう。お
前
(
まえ
)
の
小
(
こ
)
遣
(
づか
)
いで
買
(
か
)
っておいて。
言
(
い
)
い
値
(
ね
)
で
結
(
けっ
)
構
(
こう
)
。
「わたしの。はい、わたしの
小
(
こ
)
遣
(
づか
)
いが
言
(
い
)
い
値
(
ね
)
で
減
(
へ
)
るのは
構
(
かま
)
わないんですね」
すでに
先
(
さき
)
にたって
歩
(
ある
)
く
主
(
あるじ
)
に、
支
(
し
)
払
(
はら
)
いを
済
(
す
)
ませて
追
(
お
)
いついた。こんなものに
幾
(
いく
)
らの
価
(
か
)
値
(
ち
)
があるのか、
主
(
あるじ
)
が
城
(
じょう
)
内
(
ない
)
から
降
(
お
)
りてきたのが
見
(
み
)
えみえなので、ぜったい
暴
(
ぼう
)
利
(
り
)
を
取
(
と
)
られた。
主
(
あるじ
)
に
鍵
(
かぎ
)
を
手
(
て
)
渡
(
わた
)
して
聞
(
き
)
く。
「
錠
(
じょう
)
がないのに
鍵
(
かぎ
)
だけ
買
(
か
)
うなんて
酔
(
すい
)
狂
(
きょう
)
ですね、お
珍
(
めずら
)
しい」
主
(
あるじ
)
は
鍵
(
かぎ
)
の
先
(
さき
)
の
切
(
き
)
り
欠
(
か
)
きを
細
(
ほそ
)
い
指
(
ゆび
)
で
示
(
しめ
)
して
見
(
み
)
せた。
——
鍵
(
かぎ
)
先
(
さき
)
が
M
(
エム
)
になってる。
私
(
わたし
)
の
名
(
な
)
の
頭
(
かしら
)
文
(
も
)
字
(
じ
)
だ。
「お
婆
(
ばあ
)
さん、ご
存
(
ぞん
)
知
(
じ
)
だったんですかね」
——
手
(
しゅ
)
話
(
わ
)
通
(
つう
)
訳
(
やく
)
なんか
連
(
つ
)
れているから
身
(
み
)
元
(
もと
)
がばれたのかもね。
主
(
あるじ
)
は
呪
(
まじな
)
いや
占
(
うらな
)
いを
厭
(
いと
)
う
質
(
たち
)
だから
口
(
くち
)
には
出
(
だ
)
しかねたけれども、わたしにはあの
老
(
ろう
)
婆
(
ば
)
がこれと
選
(
えら
)
んで
手
(
て
)
渡
(
わた
)
してきた
鍵
(
かぎ
)
には
何
(
なに
)
か
深
(
ふか
)
い
意
(
い
)
味
(
み
)
があるように
思
(
おも
)
えてならない。この
鍵
(
かぎ
)
がかちりと
嵌
(
は
)
まる
錠
(
じょう
)
がどこかで
見
(
み
)
つかるのではないかという
予感
(
よかん
)
がしてならない。この
鍵
(
かぎ
)
はいつかどこかで……
閉
(
と
)
ざされた
何
(
なに
)
かを
開
(
ひら
)
くことになるのだ。
そして
他
(
ほか
)
ならぬ
主
(
あるじ
)
に
託
(
たく
)
されたからには、この
鍵
(
かぎ
)
が
開
(
あ
)
くものと
言
(
い
)
えばわたしには一つしか
思
(
おも
)
い
浮
(
う
)
かばない。それは
錠
(
じょう
)
のおりた一
冊
(
さつ
)
の
本
(
ほん
)
だ。
わたしたちは
何時
(
いつ
)
、
何処
(
どこ
)
で、その一
冊
(
さつ
)
の
本
(
ほん
)
に
出
(
で
)
会
(
あ
)
うのだろうか。
高田大介(たかだ・だいすけ)
2013
年
(
ねん
)
、
第
(
だい
)
45
回
(
かい
)
メフィスト
賞
(
しょう
)
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
作
(
さく
)
『
図
(
と
)
書
(
しょ
)
館
(
かん
)
の
魔
(
ま
)
女
(
じょ
)
』でデビュー。ほかの
著
(
ちょ
)
作
(
さく
)
に『
図
(
と
)
書
(
しょ
)
館
(
かん
)
の
魔
(
ま
)
女
(
じょ
)
烏
(
からす
)
の
伝
(
つて
)
言
(
こと
)
』『まほり』がある。
【
近刊
(
きんかん
)
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