〈８月２９日〉 須賀しのぶ
文字数 2,648文字
マリーゴールド
「ミズキ、お願 い。花 壇 の土 、ちょっとわけてくれない？」
花 壇 の手 入 れをしている最 中 、いきなり声 をかけられた。手 を止 めて見上 げると、幼なじみ がぼくに手 を合 わせている。
「土 ？ 花 じゃなくて？」
園芸 部 にいるとたまに花 がほしいと言 ってくる人 はいる。でも土 は初 めてだ。
「うん。あのさ、タカミ先輩 っているじゃん？」
理 由 を訊 く前 に、アキはぼくの隣 にしゃがみこんで話 しだした。
「野 球 部 の？」
「そう、もう引退 したけどね。うちのお兄 ちゃんと同 じ高校 行 って甲 子 園 行 くのが夢 なんだって。だから甲 子 園 の土 、あげちゃった」
「へー……って、ヨウ兄 が持 ち帰 ったやつ？」
耳 を疑 った。それって大切 なものじゃないのか。
「そうだよ。ほら、今 の三年 生 、大会 とかないまま部 活 引退 したし、なにか応援 したくてさ。そしたら先輩 、高校生 になったら必 ず甲 子 園 行 って、新 しく土 を持 ち帰 って返 すよって約束 してくれた。かっこよくない？」
はずんだ声 に応 えるように、大輪 のマリーゴールドが揺 れる。八重 咲 きの、太陽 みたいな花 。
「でも、ヨウ兄 のだろ。やばいって」
「上 京 する時 、自 分 の分 は持 っていったよ。うちにあるのはママ用 」
「……よけいやばいんじゃないの」
女 手 ｜一つでヨウ兄 とアキを育 てたおばさんはすごいと思 う。でもおばさんは、自 慢 のヨウ兄 だけが大 事 。一 度 だけ、アキがそう言 って泣 いたことがある。
「だからダミーを置 くわけ。調 べたら、甲 子 園 の土 って黒 土 と砂 まぜてあるんだって。これと砂 をまぜたら、それっぽくない？ ママが大切 なのは見 栄 えだけで中 身 なんて興 味 ないからバレないよ」
アキは今 を盛 りと咲 き誇 る明 るいイエローの花 を見 て、肥 料 をやったばかりの土 に触 れた。花 は水 や栄養 をやりすぎても腐 るし、やらなければしおれてしまう。ちゃんと育 てるのは、けっこう難 しい。
「すり替 えは感心 しないけど……まあ、本物 がヨウ兄 のところにあるならいいか」
ぼくの言 葉 に、アキはぱっと笑 顔 になった。満開 だ。
「ミズキならそう言 ってくれるって思 ってた！」
土 なら他 にいくらでもあるのに、わざわざここに来 たのは、話 したかったからだろう。これでぼくもサギの共 犯 か。まあいいけど。
手 早 く花 を何 本 か切 って「はい」と手 渡 すと、アキは目 を丸 くした。
「くれんの？切 っちゃって大 丈 夫 ？」
「少 しなら。園芸 部 部 長 として、ダミーに使 う土 だけ渡 すのはイヤだしさ」
八重 咲 きの、大輪 のマリーゴールド。
花 言 葉 は、『逆 境 を乗 り越 えて生 きる』。
須賀しのぶ（すが・しのぶ）
１９７２年 、埼玉 県 生 まれ。上 智 大学 文学 部 史 学 科 卒 業 。９４年 「惑星 童 話 」でコバルト・ノベル大 賞 の読者 大 賞 を受 賞 しデビュー。２０１０年 、『神 の棘 』が各種 ミステリーランキングで上 位 にランクインし、話 題 となる。１３年 「芙 蓉 千 里 」三部 作 で第 １２回 センス・オブ・ジェンダー賞 大 賞 、１６年 『革命 前 夜 』で第 １８回 大藪 春彦 賞 、１７年 『また、桜 の国 で』で第 ４回 高校生 直 木 賞 を受 賞 。近刊 に、『夏空 白 花 』がある。
【近刊 】
「ミズキ、お
「
「うん。あのさ、タカミ
「
「そう、もう
「へー……って、ヨウ
「そうだよ。ほら、
はずんだ
「でも、ヨウ
「
「……よけいやばいんじゃないの」
「だからダミーを
アキは
「すり
ぼくの
「ミズキならそう
「くれんの？
「
須賀しのぶ（すが・しのぶ）
１９７２
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