〈8月7日〉 宮下恵茉

文字数 2,276文字

きみにスイート


 学校(がっこう)(がえ)り、わたしは信号(しんごう)()わるのを()ちながら、そばにある公園(こうえん)()た。
 わたしにはちがう中学(ちゅうがく)(かよ)(かれ)がいる。名前(なまえ)は、矢澤(やざわ)大輔(だいすけ)くん。(かみ)金髪(きんぱつ)()つきも(わる)いから、みんなは大輔(だいすけ)くんを『ヤンキー』だと(おも)っているみたい。だけど本当(ほんとう)は、お菓子(かし)(づく)りが得意(とくい)なやさしい(おとこ)()毎日(まいにち)学校(がっこう)(がえ)りに、大輔(だいすけ)くんが()ってきてくれるおいしいお菓子(かし)公園(こうえん)でたべるのがわたしたちの日課(にっか)だった。……なのに。
 一年生(ねんせい)()わりに感染(かんせん)(しょう)流行(りゅうこう)しはじめ、とつぜん学校(がっこう)休校(きゅうこう)になった。それからずっと大輔(だいすけ)くんと()えていない。全国(ぜんこく)緊急(きんきゅう)事態(じたい)宣言(せんげん)()され、わたしたちは()らない(あいだ)進級(しんきゅう)して二年生(ねんせい)になってしまった。
 もちろん、()えない(あいだ)SNS(エスエヌエス)でやりとりはしていた。大輔(だいすけ)くんは毎日(まいにち)のように()(づく)りのお菓子(かし)画像(がぞう)(おく)ってくれる。おひなさまみたいないちご大福(だいふく)(さくら)あんのマフィン、こいのぼりケーキ……。どれもとってもおいしそうだけど、わたしは画面(がめん)(なか)のお菓子(かし)より本物(ほんもの)大輔(だいすけ)くんと()いたくてしょうがなかった。
 六(がつ)になり、ようやく学校(がっこう)再開(さいかい)した。
(やっと大輔(だいすけ)くんに()える!)
 そう(おも)ったのに、わたしに感染(かんせん)させたらいけないから(いま)()えないって()われてしまった。
(じゃあ、いつになったら()えるの? 大輔(だいすけ)くんはさみしくないのかな……)
 その(とき)、ポケットの(なか)でスマホがブルッと(ふる)えた。大輔(だいすけ)くんだ。
今日(きょう)のお菓子(かし)画像(がぞう)かな)
 ()()して画面(がめん)()る。
(いま)学校(がっこう)(かえ)り?』
『うん、公園(こうえん)(まえ)
 返信(へんしん)したら、既読(きどく)がついてそれきり返事(へんじ)はなかった。
(どうしたんだろ?)
 信号(しんごう)()わったのでスマホをポケットに(もど)して(ある)()す。 
 しばらく(ある)いていたら、うしろからチリリンと自転車(じてんしゃ)のベルの(おと)がした。()(かえ)ると、マスクにフェイスガード、両手(りょうて)にしっかりゴム手袋(てぶくろ)をはめた大輔(だいすけ)くんが自転車(じてんしゃ)にまたがり、ぜいぜいと(いき)(はず)ませていた。
大輔(だいすけ)くん!」
「こ、これ」
 大輔(だいすけ)くんがおもいきり()()ばして、わたしに『消毒(しょうどく)()み』と()かれた紙袋(かみぶくろ)()()した。(なか)をみると、おいしそうな白桃(はくとう)のタルトが(はい)っている。
(さくら)()、フルーツの(なか)白桃(はくとう)が一(ばん)()きって()ってたろ。だから、どうしても()べてほしくて」
(わたしの()きなフルーツ、(おぼ)えててくれたんだ……!)
「ありがとう、とってもうれしい!」
 わたしの言葉(ことば)に、大輔(だいすけ)くんが()(ほそ)める。マスクにかくれて()えないけど、わたしには大輔(だいすけ)くんのとろけそうな笑顔(えがお)がはっきりと()えた()がした。


宮下恵茉(みやした・えま)
大阪(おおさか)()()まれ。『ジジ きみと(ある)いた』で、小川(おがわ)未明(みめい)文学(ぶんがく)(しょう)大賞(たいしょう)児童(じどう)文芸(ぶんげい)新人(しんじん)(しょう)受賞(じゅしょう)。おもな作品(さくひん)に「龍神王子(ドラゴン・プリンス)!」シリーズ、「学園(がくえん)ファイブスターズ」シリーズ、「きみはスイート」(『ゲキ(こい)!』収録(しゅうろく))、「キミと、いつか。」シリーズ、「たまごの魔法(まほう)()トワ」シリーズ、『ガール! ガール! ガールズ!』『あの()、ブルームーンに。』『なないろレインボウ』『スマイル・ムーンの(よる)に』などがある。

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