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〈7月10日〉 小前亮
文字数 2,597文字
顕
(
けん
)
微
(
び
)
鏡
(
きょう
)
のなかの
未
(
み
)
来
(
らい
)
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
ているのだとはわかっていた。
ぼくはその
感染
(
かんせん
)
症
(
しょう
)
の
治療法
(
ちりょうほう
)
の
完成
(
かんせい
)
まで、あと
一
(
いっ
)
歩
(
ぽ
)
にせまっていた。
薬
(
くすり
)
が
完成
(
かんせい
)
すれば、
病
(
やまい
)
に
苦
(
くる
)
しむ
世
(
せ
)
界
(
かい
)
中
(
じゅう
)
の
人
(
ひと
)
を
救
(
すく
)
える。ぼくは
英雄
(
えいゆう
)
になる。いや、ぼくのことはどうでもいい。
医
(
い
)
者
(
しゃ
)
である
以
(
い
)
上
(
じょう
)
、
患者
(
かんじゃ
)
を
救
(
すく
)
うのが
一番
(
いちばん
)
の
目的
(
もくてき
)
だ。そう
言
(
い
)
い
聞
(
き
)
かせながら、ぼくは
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
で
気
(
き
)
づいている。たしかに、
英雄
(
えいゆう
)
になんかならなくていい。
名
(
めい
)
誉
(
よ
)
はいらない。でも、
誰
(
だれ
)
にも
負
(
ま
)
けたくない。
熱
(
ねつ
)
意
(
い
)
と
誠
(
せい
)
意
(
い
)
があれば、
何
(
なん
)
だって
達成
(
たっせい
)
できる。
地
(
じ
)
道
(
みち
)
に
努
(
ど
)
力
(
りょく
)
すれば、
行
(
い
)
きづまることなんかない。ぼくは
信
(
しん
)
じていた。
実験
(
じっけん
)
は
成功
(
せいこう
)
した。
顕
(
けん
)
微
(
び
)
鏡
(
きょう
)
のなかで、
細菌
(
さいきん
)
は
消
(
き
)
えていた。ここちよい
達成感
(
たっせいかん
)
とともに、
夢
(
ゆめ
)
はいつもそこで
終
(
お
)
わる。
本当
(
ほんとう
)
に
大変
(
たいへん
)
なのはそれからなのだけど。
目
(
め
)
が
覚
(
さ
)
めると、ぼくはため
息
(
いき
)
をついた。
今
(
いま
)
のぼくには、
仕
(
し
)
事
(
ごと
)
がない。もう五ヵ
月
(
げつ
)
近
(
ちか
)
く、
情
(
じょう
)
熱
(
ねつ
)
をもてあます
日々
(
ひび
)
を
送
(
おく
)
っている。
留
(
りゅう
)
学
(
がく
)
させてくれた
国
(
くに
)
に
恩
(
おん
)
を
返
(
かえ
)
す。そう
誓
(
ちか
)
って、あまたの
誘
(
さそ
)
いを
断
(
ことわ
)
って
帰
(
かえ
)
ってきたのに。
ぼくは
恩
(
おん
)
師
(
し
)
にたてついた、とみなされていた(ぼくは
留
(
りゅう
)
年
(
ねん
)
をくりかえしていたので、
恩
(
おん
)
師
(
し
)
といっても
同学年
(
どうがくねん
)
だ)。
実際
(
じっさい
)
は、
学問
(
がくもん
)
上
(
じょう
)
の
反対
(
はんたい
)
意
(
い
)
見
(
けん
)
を
主
(
しゅ
)
張
(
ちょう
)
しただけだ。だけど、
恩
(
おん
)
師
(
し
)
、というよりその
取
(
と
)
り
巻
(
ま
)
きの
連
(
れん
)
中
(
ちゅう
)
は、ぼくを
徹底的
(
てっていてき
)
に
排
(
はい
)
除
(
じょ
)
した。
日
(
にっ
)
本
(
ぽん
)
中
(
じゅう
)
の
病
(
びょう
)
院
(
いん
)
や
研
(
けん
)
究
(
きゅう
)
所
(
じょ
)
に
手
(
て
)
を
回
(
まわ
)
して、ぼくを
働
(
はたら
)
かせないようにした。くやしくて、もどかしくて、
毎日
(
まいにち
)
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
る。
今日
(
きょう
)
は、
元
(
もと
)
上
(
じょう
)
司
(
し
)
の
紹
(
しょう
)
介
(
かい
)
で、
助
(
たす
)
けてくれそうな
人
(
ひと
)
に
会
(
あ
)
うことになっている。
時
(
じ
)
間
(
かん
)
になると、ぼくは
服装
(
ふくそう
)
をととのえて
家
(
いえ
)
を
出
(
で
)
た。
秋
(
あき
)
の
空
(
そら
)
は
高
(
たか
)
く、
青
(
あお
)
く
澄
(
す
)
んでいる。
立
(
た
)
ち
止
(
ど
)
まっている
暇
(
ひま
)
はない。
治
(
なお
)
すべき
病
(
びょう
)
気
(
き
)
はたくさんあるのだ。ペスト、コレラ、
赤
(
せき
)
痢
(
り
)
、
狂
(
きょう
)
犬
(
けん
)
病
(
びょう
)
、インフルエンザ……。
……
明
(
めい
)
治
(
じ
)
二十五
年
(
ねん
)
五
月
(
がつ
)
、
北里
(
きたざと
)
柴三郎
(
しばさぶろう
)
は、
破
(
は
)
傷
(
しょう
)
風
(
ふう
)
菌
(
きん
)
の
純
(
じゅん
)
粋
(
すい
)
培養
(
ばいよう
)
成功
(
せいこう
)
、
血清
(
けっせい
)
療
(
りょう
)
法
(
ほう
)
の
確立
(
かくりつ
)
というノーベル
賞級
(
しょうきゅう
)
の
成
(
せい
)
果
(
か
)
をあげて、ドイツ
留
(
りゅう
)
学
(
がく
)
から
帰
(
き
)
国
(
こく
)
する。しかし、
東大
(
とうだい
)
と
対立
(
たいりつ
)
していたため、
日
(
にっ
)
本
(
ぽん
)
ではその
才能
(
さいのう
)
にふさわしい
研
(
けん
)
究
(
きゅう
)
場
(
ば
)
所
(
しょ
)
が
得
(
え
)
られなかった。
同年
(
どうねん
)
十一
月
(
がつ
)
、
北里
(
きたざと
)
は
福沢
(
ふくざわ
)
諭
(
ゆ
)
吉
(
きち
)
らの
支
(
し
)
援
(
えん
)
を
得
(
え
)
て、
伝染
(
でんせん
)
病
(
びょう
)
研究所
(
けんきゅうじょ
)
を
設立
(
せつりつ
)
した。このたった六
室
(
しつ
)
の
研究所
(
けんきゅうじょ
)
から、
日
(
にっ
)
本
(
ぽん
)
の
感染症
(
かんせんしょう
)
研究
(
けんきゅう
)
ははじまっている。
小前亮(こまえ・りょう)
1976
年
(
ねん
)
、
島
(
しま
)
根
(
ね
)
県
(
けん
)
生
(
う
)
まれ。
東京
(
とうきょう
)
大学
(
だいがく
)
大学院
(
だいがくいん
)
修了
(
しゅうりょう
)
。
在学中
(
ざいがくちゅう
)
より
歴
(
れき
)
史
(
し
)
コラムの
執筆
(
しっぴつ
)
を
始
(
はじ
)
める。(有)らいとすたっふに
入社
(
にゅうしゃ
)
後
(
ご
)
、
田
(
た
)
中
(
なか
)
芳
(
よし
)
樹
(
き
)
氏
(
し
)
の
勧
(
すす
)
めで
小説
(
しょうせつ
)
の
執筆
(
しっぴつ
)
にとりかかり、2005
年
(
ねん
)
、『
李
(
り
)
世
(
せい
)
民
(
みん
)
』でデビュー。『
唐
(
とう
)
玄
(
げん
)
宗
(
そう
)
紀
(
き
)
』『
天
(
てん
)
下
(
か
)
一統
(
いっとう
)
始
(
し
)
皇帝
(
こうてい
)
の
永遠
(
えいえん
)
』『
劉
(
りゅう
)
裕
(
ゆう
)
豪
(
ごう
)
剣
(
けん
)
の
皇帝
(
こうてい
)
』など
著書
(
ちょしょ
)
多
(
た
)
数
(
すう
)
。『
三国
(
さんごく
)
志
(
し
)
』『
真田
(
さなだ
)
十
(
じゅう
)
勇
(
ゆう
)
士
(
し
)
』『
新選組
(
しんせんぐみ
)
戦
(
せん
)
記
(
き
)
』など
児
(
じ
)
童
(
どう
)
向
(
む
)
けの
小説
(
しょうせつ
)
も
数多
(
かずおお
)
く
刊行
(
かんこう
)
している。
【
近刊
(
きんかん
)
】
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