第20話 テレビ番組の収録で、かつての人気女優によるインタビューが始まる

文字数 2,995文字

「褒め言葉として受け取っておきます」
 椛が、日向が森崎芳恵に言った言葉を真似しながら歩み寄ってきた。
「お前は、いちいち絡んでこないでスタジオの端っこでおとなしくしてろ」
 日向は手で追い払う仕草をした。
「あの男の人、本当に小説ば読んだとだろうか? あぎゃんエログロな小説の映画に出演したら、イメージダウンになるばい」
「お前はキャスティングしないから安心しろ」
「頼まれたってお断りばい。私はAV女優じゃなかけんね~」
「お前な……」
 椛が変顔をして、スタジオの隅から日向達のやり取りを見ていた磯川のところへ逃げた。   
 日向は台本を開いた。
 台本と言ってもドラマや映画のようにセリフが書いてあるわけではなく、進行表のようなものだった。
「作家になったという実感が湧いてきましたか?」
 背後から磯川に声をかけられた。
「たしかに、いつもは俺がタレントを売り込んでいるんですが、逆の立場になってみて実感しましたね」
 新人タレントが中心の芸能プロダクションの社長は、テレビ局で頭を下げることはあっても下げられることはほとんどない。
 一冊本を出版しただけの日向にスタッフや稲木が低姿勢で接してくるのを見て、小説家が強い影響力を持っているということを肌で感じた。
「二冊、三冊とベストセラーを連発して行くと、周りの態度がもっと露骨になりますよ」
 磯川が皮肉っぽく言った。
 磯川は、相手の立場次第で態度を変える人種を軽蔑(けいべつ)しているのだろう。
「日向先生、そろそろ本番になります! スタンバイお願いします!」
 ADが日向をセットに促した。
「いざ、戦場に!」
 日向はおどけた口調で言いながら磯川に力こぶを作ってみせると、ADの後に続いた。
                     ☆
「みなさん、こんばんは。『小説バー』の時間です。小説ナビゲーターの森崎芳恵です。今宵、みなさんを陶酔の世界に誘うのは、四月に文壇騒然の衝撃作『阿鼻叫喚』でデビューを果たした日向誠さんです」
 森崎芳恵が、一カメに向かって日向を紹介した。
「こんばんは。日向誠です。よろしくお願いします!」
 日向は強張(こわば)った笑顔で挨拶した。
 サングラスをかけていなければ、もっと緊張していたことだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします。最初にお写真を見たときにはどんなに怖い方かと思いましたけれど、さきほどご挨拶させて頂いたときに物腰が柔らかくて優しい方だったのでホッとしました」
 森崎芳恵が冗談めかした口調で言った。
「ギャップだけが取り柄ですから」
 日向も冗談を返した。
「サングラスの奥の瞳もお優しそうで。顔出しがNGというわけではないのですよね?」
「インパクト狙いですね」
「インパクト……ですか?」
「はい。私が経営している芸能プロの新人を売り込むときにも、プロデューサーさんに印象づけるためにガングロ金髪サングラスで通してます。ああ、あの派手な社長のプロダクションの子、って覚えて貰えますからね」
「なるほど、納得です! たしかに日向さんは、一度お会いしたら絶対に忘れられないインパクトですから!」
 森崎芳恵が胸の前で手を叩き、笑顔で言った。
「それは、褒め言葉として受け取ってもいいですか?」
 日向はおどけた調子で訊ねた。
「もちろんですよ。本題に入りますが、日向さんは作家になる前は金融業界で働き、現在は社会現象になった『世界最強虫王決定戦』の制作会社と芸能プロダクションの経営者という異色の経歴と肩書をお持ちですよね? いろんなインタビューで訊かれていると思いますが、どうして小説家になろうと思ったんですか?」
 森崎芳恵が身を乗り出してきた。
「妻に言われたんです。あなたは昔から読書が趣味だから小説家を目指したら、って」
「畑違いのお仕事をなさっていた旦那さんに小説を書くことを勧めるなんて、凄い洞察力をお持ちの奥様ですね!」
「ええ。こうしてテレビ出演できるまでになったのも、妻のおかげです。足を向けては寝られませんね」
 日向はしみじみと言った。
 パフォーマンスではなく、本音だった。
 真樹が導いてくれなければ、いまでも自分は闇の人生を歩んでいたことだろう。
「奥様も素敵ですけど、感謝の言葉をサラッと言える日向さんも素敵な旦那様ですね。ところで日向さんは、『日文社』の未来文学新人賞の最終候補を辞退して、同じ『日文社』のホームズ文学新人賞でデビューなさっていますが、差し支えなければ理由を教えて頂けますか?」
「『未来文学新人賞』も魅力的でしたが、私の作風を考えると幅広いジャンルの作家を輩出している『ホームズ文学新人賞』のほうが個性を活(い)かせると判断しました。一番の理由は、ウチでデビューしないかと声をかけてくれた担当編集者のIさんの存在です。ウチの賞のほうが、日向作品の個性を活かせるとアドバイスをくれたのも彼です。じっさい、Iさんはよその出版社なら撥(は)ねられそうな数々の過激な表現を、上司と戦ってすべて採用してくれました。ほかの編集者だったら、文章を綺麗に整えられて個性を殺されてしまったでしょうね」
 日向はスタジオの隅から収録を見学している磯川にちらりと視線をやった。
「あそこにいる方ですね?」
 森崎芳恵も、磯川に視線を移した。
「はい」
 日向は噴き出しそうになるのを堪(こら)えて頷(うなず)いた。
 自分が注目されて、居心地悪そうにしている磯川の様子がおかしかったのだ。
「発売一ヶ月で五万部のベストセラーという結果を見ると、日向さんと担当編集者の方の判断は正しかったということですね」
 森崎芳恵が日向に視線を戻した。
「そうですね。でも、まだまだこれからです。一発屋で終わらないように、気を抜かずに頑張ります」
 日向は、自らにも言い聞かせた。
 芸能界でも、デビュー曲こそヒットしたものの二曲目からさっぱり売れずに消えていった歌手は珍しくない。
「デビュー作がベストセラーになっているというのに、先のことを見据えて気を引き締めるなんて、さすがは実業家ですね」
 森崎芳恵が感心したように言った。
「いえいえ、そんなにたいしたものじゃありません。恥をかきたくないんですよ。ほら見ろ。まぐれで一作売れただけだよ、ってね」
 日向は自嘲(じちょう)的に言った。
 文壇デビューした以上は、二十年、三十年と第一線で活躍できる作家になるのが目標だった。
「私はこの番組で数多くの作家の方に会ってきましたけれど、日向さんみたいなタイプは初めてです。作家さんは自分の内面と向き合っている方が多いのですが、日向さんは自分を俯瞰(ふかん)的に見ている気がします」
「それは、私が作家らしくないという意味ですね」
 日向は苦笑しながら言った。
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「冗談ですよ」
 慌てる森崎芳恵に、日向は微笑みを向けた。
「それに、森崎さんの言った通りですから。『世界最強虫王決定戦』、タレント……昔から私は、プロデュースするのが大好きなんです。今回は、日向誠という商品をプロデュースしているという感じです。作家らしくないという言葉は、僕にとっては最高の褒め言葉です」
 本音だった。

(次回につづく)

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