第16話 インタビューを受けながら、作家デビューを実感する日向だった

文字数 3,848文字

「さすがにそこまでの伝手(つて)はありません。でも、喧嘩(けんか)で人を刺したり鉄パイプで殴ったりっていう経験のある人に話を聞くのは、昔の知人の伝手を辿(たど)っていけば難しいことではなかったです。薬物使用者もね」
「なるほど。日向さんの金融時代は、周りは裏社会の人ばかりですもんね」
 奈須田が納得したように言った。
「ノワール小説を書く環境としては、恵まれていたかもしれませんね。俺、取材したことはないんです。いまの話も、過去にそういう経験のある人と雑談している中で、興味本位でいろんな質問をしていただけです。でも、それも十代の頃の話ですよ。金融時代の人達とは、辞めてからは一切接触してませんから。まさか、二十年以上前の雑談がいまになって仕事で役立つとは、人生って不思議なものですね」
 本音だった。
 当時は、小説家になるとは夢にも思っていなかった。 
「悪夢のような人生経験と夢のような人生経験、作家にはどちらも宝物です。たとえ一行でも作品に活(い)かせた経験は、貴重な財産ですからね」
 磯川の言葉が、日向にはしっくりときた。
 気紛(きまぐ)れで口を挟んできたふうに見せて日向に教えている……そんな気がした。
 肚(はら)の読めない男なので、本当のところはわからない。
 だが、一つだけはっきりしているのは、磯川は無駄なことはしない男ということだ。
「そう考えれば、作家さんって羨(うらや)ましい仕事ですね。なにをやっても執筆の糧(かて)になるわけですからね! あー、羨ましいです。僕も作家になりたかったな」
 冗談とも本気ともつかない口調で、奈須田が言った。
「すみません、話が逸(そ)れました。日向さんは、この先ヒット作を連発してベストセラー作家になっても、いまのスタイルを変えない自信はありますか? 芸能界だと、毒舌で売れたバラエティタレントが知名度上昇とともにキャラを変えたり、グラビアアイドルが女優で成功したら水着を封印したりしますよね? バラドルやグラドルと一緒にしているわけではありませんが、日向さんもベストセラー作家になったら文体がおとなしくなったりしませんか? 個人的には、いまの荒々しく過激なスタイルを貫いてほしいと願っているんですが……」
 奈須田が不安げな顔で日向をみつめた。
「それはありません。これまでの文壇の常識に囚(とら)われない、唯一無二の作家になるのが俺の目標です。だから、売れれば売れるほど作風を変えることはありません」
 日向は躊躇(ためら)わずに言った。
「それを聞いて安心しました。でも、日向さんの作風だと批判も半端ないと思いますけど大丈夫ですか?」
「批判は称賛の裏返しとして受け止めます。どの世界でも初めてを成し遂げた人達は、強烈なアンチに叩(たた)かれました。でも、それ以上の熱烈な信者が支えていました。俺もそうなるために、批判は甘んじて、ではなく喜んで受け入れます!」
 日向は力強く断言した。
 インタビューに答えると同時に、日向はどんな苦難にも揺らがないように己に誓った。
                    ☆
「今日はありがとうございました! いい意味で、僕の想像通りの人でした。悪い意味の想像は見事に裏切られましたけど」
 見送りにきたエレベーターの前で、奈須田が意味深に言った。
「どんな想像ですか?」
 だいたいの検討はついていたが、日向は訊ねた。
「ネットで検索したら金髪ガングロのコワモテの写真がたくさん出てきたので、お会いするまでは不安だったんですよ。怖い人だったらどうしようって。でも、僕なんかに気遣いもしてくれますし、失礼な質問にも嫌な顔一つせずに答えてくれました。一番驚いたのは、日向さんのサービス精神です。一つ質問したら何倍もの話をしてくれたので、インタビューする側としては物凄く助かりました」
「ビジュアルとのギャップがあると、よく言われます。俺のサービス精神が旺盛なのは、芸能プロの影響だと思います。テレビ局を回ってプロデューサーにタレントを売り込むときに、短時間でこの子を使いたいと思わせる話術が必要ですからね。こちらこそ、新人の俺にインタビューしてくれてありがとうございました」
 日向は深々と頭を下げた。
「あ、やめてください! 僕のほうこそ、快くオファーを受けて貰って感謝していますから。日向さん、早く頭を上げてください」
 奈須田に促され、日向は頭を上げた。
「明日までにインタビュー原稿を送りますので、訂正箇所があれば明後日中であれば大丈夫なのでご連絡ください。問題なければ来週の発売号に掲載されますので。では、よろしくお願いします!」
「わかりました。では、失礼します」
 磯川がクローズのボタンを押すと、エレベーターのドアが閉まった。
「お疲れさまでした。日向さんらしい個性的なインタビューで、聞いていて面白かったです。奈須田さんは既に、熱烈な日向信者でしたね」
 磯川が笑顔で言った。
「作家として一発目のインタビューが『阿鼻叫喚』のファンの記者で、幸先がいいですね。磯川さんのおかげですよ。ありがとうございました」
 お世辞ではなかった。
 タレントがブレイクするには、いい仕事と巡り合わなければならない。
 そして、そのきっかけを作るのはマネージャーであるように、作家日向誠の場合は磯川の動きが命運を左右する。
「僕は見本を撒(ま)いただけです。奈須田さんを引き寄せたのは、日向さんの筆力ですよ。それに、二十八位でお礼を言われるのは気が引けます。重版がかかったら、二人でお祝いしましょう」
 磯川が淡々とした口調で言いながらビルのエントランスを出ると、空車のタクシーを止めた。
「日向さんはテレビ関東に行くんですよね? 私もお供してよろしいですか?」
 先に後部シートに乗り込んだ磯川が、日向に訊ねてきた。
「え? いいですけど、どういう風の吹き回しですか?」
「日向さんの芸能プロ社長としての顔も、見てみたいと思いまして」
「興味を持って貰えて光栄です。運転手さん、六本木のミッドタウンに行ってください」
 日向は磯川におどけた口調で言うと、運転手に告げた。
「初めてですよ」
 対照的に磯川は真顔で言った。
「なにがですか?」
「いろんな作家さんのインタビューに立ち会ってきましたけど、帰り際に記者にあんなに頭を下げてお礼を言う人を初めて見ました」
「ああ。タレントを売り込むときには、二十歳そこそこのADにも頭を下げてますから。今日は、日向誠という小説家を『週刊現実』に売り込まなければならなかったので、当然のことをしたまでですよ」
「本当に変な人ですね、日向さんは」
 磯川がレンズ越しの眼を細めて言った。
「それは俺のセリフですって」
 すかさず、日向は切り返した。
「じゃあ、変人同士ということで」
 磯川が珍しく冗談を口にした。
「そう言えば、二作目の打ち合わせをまだしていませんでしたね」
 日向は思い出したように言った。
「なにか、新しい構想はありますか?」
 磯川が訊ねてきた。
「具体的なものはまだですが、二作目は金貸し以外のテーマを書きたいです。たとえば新興宗教とか復讐(ふくしゅう)代行屋とか。自分の身を置いていた世界以外の小説でも書けるってことを証明したいです」
 日向は正直な気持ちを磯川にぶつけた。
「お気持ちはわかりますが、最低でも三作は我慢して金融業をテーマにした作品を書いてください」
 磯川が日向に言った。
「三作! どうしてですか? 金融業を舞台にした小説誌しか書けない作家だと思われますよ」
「せっかくデビュー作の『阿鼻叫喚』が好調なスタートを切ったのに、二作目に別ジャンルの小説を書けば読者が離れてしまうリスクがあります。読者が日向作品に固定するまで、同じテーマで書き続けるべきです。風間玲さんはデビュー五作目までヤクザ世界をテーマにした作品、東郷真一さんはデビュー四作目まで検事を主人公にした作品を書いてます。そこまでとは言いませんけど、三作は金貸しの世界で勝負してください」
 束の間、日向は思案した。
 俳優の世界も、ブレイクした役柄を何作か続けてイメージを定着したほうがいいと言われている。
 二作目から読者が離れて小説が売れなくなったら、テーマ云々(うんぬん)を口にしている場合ではなくなってしまう。
「わかりました。四作目からは、別ジャンルを書いてもいいですか?」
 日向は念を押した。
「はい。四作目からは、日向さんの好きなテーマを書いてください」
 車内にスマートフォンのコール音が鳴り響いた。
「もしもし? お疲れ様です。いま、日向さんのインタビューが終わり、移動中です」
 鳴ったのは磯川のスマートフォンだった。
「え? 本当ですか!? わかりました。日向さんに伝えます」
「どうしたんですか?」
 電話を切った磯川に、日向は訊ねた。
「日向さん。今夜、空いてますか?」
 磯川が質問を質問で返してきた。
「空いてますけど、なにかあるんですか?」
「お祝いです」
「え?」
 日向は怪訝な顔で磯川を見た。
「おめでとうございます! 発売十日目で重版がかかりました!」
「え!? マジですか!?」
 日向は大声を張り上げた。
「はい、マジです」
 悪戯(いたずら)っぽい顔で、磯川が頷いた。

(次回につづく)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み