第19話 取材を受けるため、磯川とテレビ局に。なぜか椛も同行し……

文字数 2,763文字

                     ☆
「うわぁ、広か個室ね~。私なんていつも大部屋なのに、社長ばっかりずるかばい」 
 テレビ関西の楽屋に入った椛(もみじ)が、不満げな顔で首を巡らせた。
 今日は「小説バー」の収録日だった。
「あたりまえだろ。俺はベストセラー作家で、お前は無名の新人女優だ。格が違うんだよ、格が」
 日向はスタンドミラーの前に立ち、ネクタイを締め直しながら挑発的に言った。
 スカイブルーのスリーピースにグッチのローズピンクのネクタイ――『阿鼻叫喚』の原作者のイメージを裏切らないように、日向は派手に決めてきた。
「な~にがベストセラー作家ね! センスの悪かホストみたいな恰好(かっこう)ばしてから。まぐれで少し売れただけで、す~ぐ調子に乗る単純ガングロ男ばいね~」
 椛も負けじと、日向を小馬鹿にした。
「椛さん、五万部はまぐれでは売れない数字ですよ」
 テーブルでゲラを読んでいた磯川が顔を上げ、レンズ越しの眼を細めて椛に言った。
「編集者さん、社長ば甘やかさんほうがよかですよ。大物作家になったと勘違いしますけんね~」
 椛が磯川に言いながら、テーブルに置かれていたサンドイッチを手に取った。
「ところで、お前がどうしてここにいるんだよ!」
 日向は椛からサンドイッチを取り返した。
「社長一人じゃ心配だけん、今日は特別にマネージャーとしてついてきてあげたとたい! お礼は広尾のミョンドンでよかば~い」
 椛がニッと笑った。
「あんな高級店、十年早い! お前は四百円の牛丼で十分だ」
 日向は大笑いした。
「社長には牛丼でももったいなか。卵かけご飯が、お似合いばい!」
 椛も負けじと大笑いした。
「二人とも、兄妹みたいに仲がいいですね」
 磯川が微笑(ほほえ)みながら言った。
「兄妹なんて、冗談じゃなか!」
 椛がせんぶり茶を飲んだようなしかめっ面(つら)の前で、大きく左右に手を振った。
「失礼します! 日向先生、そろそろお時間です!」
 ノックの音に続いてドアが開き、ADの若い男性が日向に告げた。
「お前も日向先生の収録を見学して勉強しなさい」
 日向は、椛の肩を叩いて楽屋を出た。
「ガングロチャラ男の収録なんか見ても勉強にならんばってん、女優さんに会えるけん見学してやるばい」
 椛が憎まれ口を叩きながら、日向についてきた。
「お前も女優だろ? そんなミーハーなことばかり言ってるから、素人臭が抜けないんだよ」
 日向は振り返り、憎まれ口を返した。
「すぐに言い返すところがガキ……」
「すみませんけど、これ、預かっててください」
 日向は椛を遮り、磯川にスマートフォンを差し出した。
「作家日向誠の初陣(ういじん)ですね。頑張ってください」
 磯川が左手でスマートフォンを受け取ると、笑顔で右の拳(こぶし)を突き出した。
「あれ? 磯川さんって、そういうキャラでしたっけ?」
 日向は訊ねながら、磯川の拳に拳を触れ合わせた。
「そういう一面もあります。ただし、相手によっては拳どころか眼も合わせないですけどね」
 磯川は悪戯っぽく笑い、グータッチを解いた。
「日向先生入りまーす!」
 ADが大声で言いながら、日向をスタジオに先導した。
「ピンマイク失礼しまーす」
 ADが日向のワイシャツの胸もとに手際よくピンマイクをつけ、送信機を腰に装着した。
「森崎芳恵(もりさきよしえ)さん入りまーす!」
 ADの女性に先導されながら、MCの森崎芳恵がスタジオに入ってきた。
 男性プロデューサーが、日向のほうを見ながらピンマイクを取りつける森崎芳恵に話しかけていた。
「やっぱり、お綺麗(きれい)ですね。四十五には見えませんよ」
 磯川が日向の身元で囁(ささや)いた。
 森崎芳恵は十数年前まで、トレンディドラマの主役を張る売れっ子女優だった。
 トレンディドラマのブームが下火になってからも二時間ドラマを中心に活躍していたが、結婚、出産してからは女優業をセーブするようになった。
 小説好きとしても有名で、この五年は「小説バー」以外で森崎芳恵をテレビで見かけることはなかった。
 ピンマイクをつけ終えた森崎芳恵が、日向のほうに歩み寄ってきた。
「はじめまして、MCを務めております森崎です」
 森崎芳恵が、上品な微笑みを湛(たた)え頭を下げた。
 若い頃からドラマで観ていた彼女が、自分の小説を読んでくれたという実感が湧かなかった。
 なにより、好感度ランキングで常に上位にいた清純派女優が『阿鼻叫喚』の内容をどう思ったのかが気になった。
 いくら第一線から退いているとはいえ、彼女のイメージダウンになりかねない仕事を受けてくれたことに日向は驚きを隠せなかった。
「日向誠です。今日は番組に呼んでいただきありがとうございます」
 日向も頭を下げた。
 社交辞令ではなく、心からの言葉だった。
「いえいえ、こちらこそお会いしたかったんです。あんなにショッキングな物語を書く作家さんが、どんな方か興味がありました」
 森崎芳恵が、好奇に輝く瞳で日向をみつめた。
「会ってみて、どうでしたか?」
「期待を裏切らない強烈なインパクトです。番組でお会いしていなければ、絶対に作家さんだとわからなかったと思います」
 森崎芳恵が、笑いながら言った。
 ウルフカットの金髪、褐色の肌、サングラス、派手なスーツ……普通なら、水商売か怪しげな自由業に見えるだろう。
 一万人に訊(き)いても、作家だと言い当てる者はいないに違いない。
「褒め言葉として受け取っておきます」
 日向は口元を綻(ほころ)ばせた。
「もちろんですよ。では、後ほど」
 森崎芳恵と入れ替わるように、濃紺のスーツを着た四十絡みの男性が歩み寄ってきた。
「日向先生、ご挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか? 私、森崎のマネージャーの稲木(いなぎ)と申します」
 稲木が名刺を差し出してきた。

「木山(きやま)オフィス」チーフマネージャー 稲木清太(せいた)

「日向です。よろしくお願いします」
 日向は名刺を受け取りながら頭を下げた。
「こちらこそ、本日はよろしくお願い致します。先生の小説、凄かったです。一気に読み終えてしまいました」
 稲木が折り目正しく挨拶すると、日向に言った。
「ありがとうございます。そういうふうに言って貰えるのが、一番嬉(うれ)しいです」
「また改めて、ご挨拶に伺(うかが)わせてください。ウチは若手も数多く所属していますので、先生の作品が映像化になる際はよろしくお願いします。今度、宣材をお持ちしますので。では、失礼します」
 稲木が深々と頭を下げ、森崎芳恵のもとに戻った。

(次回につづく)

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