第28話 「週刊マダム」のインタビューが始まるが、不穏な思惑が……

文字数 3,003文字

「モデルはいますが、特定ではなく複数のセールスマンの言動を寄せ集めて作り上げたキャラクターです」
「エステのセールスマンというのは、女性を利用するだけ利用して生ごみのように捨てる最低な男性の集まりだったんですか? それとも、日向さんがいた会社だけ女性の敵のような男性が集まっていたんですか?」
 気のせいではなかった。
 ライターが日向をみる眼は敵意に満ちていた。
「モデルにしたみんなが、藤城みたいな最低の男というわけではありません。誰にでも二面性……いい部分と悪い部分があります。たとえば、子供思いの母親もワイドショーを見ているときに不倫した男優を罵倒(ばとう)したり、稼ぎの悪い旦那のことをママ友のお茶会で糞味噌にけなしたりすることもあるわけです。だからといって、その母親が最低ということにはなりませんよね? もし最低の母親を書くのであれば、いろんな母親の悪い部分だけをチョイスしてキャラクターを作り上げていくという感じと同じですね」
 日向は懇切丁寧に説明した。
 主婦を対象とした週刊誌なので、女性蔑視(べっし)の藤城というキャラクターが嫌悪されるのは仕方がない。
「なるほど、そういうことなのですね。でも、ここを読んでください。藤城がカモにする四十代の主婦との濡れ場シーンなのですが、彼が心で浴びせる罵詈雑言(ばりぞうごん)は誰もが持っている二面性と言い切るには下劣過ぎませんか? 本当は読者の皆様にも読んでいただきたいところですが、さすがに女性誌にそのシーンの描写を載せるわけにはいきませんから」
 ライターは嫌悪感を隠そうともせずに眉を顰(ひそ)めながら、『無間煉獄』に付箋(ふせん)を貼ったページを開いた。

 藤城が腰を振るたびに、四十路(よそじ)女のセルライト腹がたぷたぷと波打った。
 四十路女が小鼻を膨らませ、セイウチのような野太い喘ぎ声を発するたびに藤城のペニスは萎(な)えそうになった。
 いま萎えてしまったら、セイウチババアに美顔器と脱毛器の百万コースのローンを組ませられなくなってしまう。
 契約不成立なら、これまで不細工な中年女の機嫌を取ってきた屈辱と苦痛が無駄になる。
 なんとしても自分の肉体の虜(とりこ)にして、セイウチババアに百万超えのローンを組ませなければならない。
「トシキ……あはぁん……あたしの中でイッていいよ……うふぉん……真由美(まゆみ)と一緒にイッてぇ……」
 全身のセルライトを揺らしながら、セイウチババアがよがりまくった。
 ふざけんな! てめえみてえな脂肪塗(まみ)れの四十路ババアで、イケるわけねえだろうが!
 藤城は腰を振りながら心で激しく毒づいた。

 日向はマーカーが引かれた部分を読み終えた。
「読まれましたか?」
 ライターの問いかけに、日向は頷いた。
「善人の二面性の一面がこんなふうだったら、それはもはや善人ではありません。もしかして日向さんには、女性にたいしてのトラウマか恨みでもあるのですか?」
 ライターが皮肉っぽい口調で訊ねてきた。
「そんなものありませんよ。私は女性をリスペクトしています。私達男性は、女性から生まれてきたんですからね」
「じゃあ、なぜ、女性を冒涜(ぼうとく)するような小説を書けるのですか?」
 ライターが挑戦的に質問を重ねた。
 日向には、なぜ「週刊マダム」がオファーをかけてきたのかの理由がわかった。
 インタビューという体(てい)を取り、『無間煉獄』を叩くためだ。
「女性を冒涜する主人公の小説だからですよ」
 日向は即答した。
「逆にライターさんにお訊ねします。殺人犯を主人公にする作家は殺人犯ですか? 高所恐怖症の男を主人公にする作家は高所恐怖症ですか?」
「それは詭弁(きべん)です」
 ライターがすかさず言った。
「詭弁じゃありませんよ。小説というのは、自叙伝じゃありません。自分とは価値観も性格も百八十度違う登場人物であっても主人公にしなければならない……それが作家の仕事
です。『無間煉獄』の女性蔑視の登場人物にずいぶんと腹を立てているようですが、読者の感情をそこまで揺さぶることができたのは作家冥利(みょうり)に尽きます」
 日向はライターに微笑んだ。
「日向さんはポジティヴですね。これをご覧ください。先週号で、読書家として知られる女優の小林美鈴(こばやしみすず)さんのインタビュー記事です」
 ライターが「週刊マダム」のページを開き、日向の前に置いた。

――いま、日向誠さんの『無間煉獄』という小説が発売直後にベストセラーとなり話題になっていますが、小林さんはお読みになりましたか?
小林  はい、読ませていただきました。冒頭から過激な発言になりますが、これまでの人生で読んできた小説の中で、これほど気分が悪くなった小説はありません。
――たとえば、どのあたりをお読みになってそういう感想になったんでしょうか?
小林  すべてですね。とにかくすべての表現が悪意に満ち、下品過ぎて読むに堪えません。「週刊マダム」のインタビューがなければ、最初の数ページで読むのをやめたでしょうね。とくにエステのキャッチセールスをしている藤城という登場人物が、高額ローンを組ませるために次々と女性を誑(たぶら)かすシーンがあるのですが、心で毒づくセリフがひど過ぎてひど過ぎて。よくもまあ、こんなに女性にたいしての罵詈雑言が浮かぶものだと怒りが込み上げて内容が頭に入ってきませんでしたよ。これは有害図書に指定すべきレベルです。
――有害図書ですか? それは飛躍し過ぎじゃないですか?
小林  とんでもない。映画にはR指定がありますが、小説には制限がありません。つまり、書店に行けば十代の子供でも『無間煉獄』を購入できるわけです。こんなに女性を冒涜した小説を子供が読んでしまえば、百害あって一利なしです。人生経験に乏しい子供達の心に、女性に対しての偏見を植えつけてしまう可能性もありますからね。
 ――なるほど。青少年の教育にも悪影響を及ぼす恐れがあるということですね?
 小林  恐れではなく、間違いなく悪影響を及ぼします。
 ――次号、『無間煉獄』の原作者である日向誠さんにインタビューをする予定なのですが、流れによっては小林さんとの対談を組ませていただいてもよろしいでしょうか?
 小林  私のほうは、構いませんよ。でも、日向さんが断るんじゃないですか?

「いかがですか? 日向さん流に言えば、これも褒め言葉ですか?」
 ライターが皮肉っぽい口調で訊ねてきた
 先週号で、女優の小林美鈴が『無間煉獄』を酷評していたことは初耳だった。
 磯川だったら、すぐに日向の耳に入れて対策を立てたはずだ。
 小林美鈴は今年還暦を迎え、若い頃は大河ドラマで二度も主役に抜擢された大女優だ。
 歯に衣着せぬ発言が視聴者にウケ、情報番組のコメンテーターやバラエティ番組に引っ張りだこになり、いまでは芸能界のご意見番と呼ばれている。
 すべてに納得がいった。
「週刊マダム」は先週号で『無間煉獄』を酷評した小林美鈴に続き、今週号で原作者の反論を載せるという流れで記事を盛り上げ、対談という名の直接対決を実現させて部数を伸ばすつもりなのだろう。
「ええ、褒め言葉です」
 日向は言い切った。

(次回につづく)

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