自分へのツッコミを成長と呼ぶ/『不器用で』

文字数 1,342文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は吉田大助さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

吉田大助さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

ニシダ著『不器用で』

です!

 男女お笑いコンビ「ラランド」のツッコミ担当にして、ネタ作りは全て相方のサーヤに任せていることで知られるニシダが、初小説集『不器用で』を発表する。芸人が小説を書いた事例は数あれど、笑いが入り込んでこない作品を読んだのは初めてかもしれない。


 全五編が収録されている。中学一年生の少年は、ガキ大将の命令で、いじめられっ子のアミの遺影を作らなければならなくなる。高校二年生の少年は、生物部の同級生である波多野を見下すことで、日々の鬱屈の溜飲を下げる。スーパー銭湯で男性用サウナの清掃担当になった女子大生は、「大丈夫ですか」と自分を気遣ってくる新入りバイトの滝くんを煩わしく思う。大学准教授の中年男性は、同棲する一二歳年下の恋人・実里のだらしない生活に苦言を呈することができずにいる……。劇的な出来事は起こらず感情表現はほどほど、情景や行動の描写に力点を置いた筆致には、純文学の香りがする。


 最も印象に残ったのは、四編目の「テトロドトキシン」だ。二七歳の会社員の男は、仕事に打ち込めず恋愛もせず、マッチングアプリで出会った女性を抱いて経験人数を増やすことに勤しむ。彼は、虫歯をあえて治療せずにいる。虫歯から繁殖した細菌を全身に巡らせることで、「消極的な自死」を選んでいるというのだ。地元の同窓会で再会した、同級生の咲子にその秘密を告白する。「自家製の毒を口で作ってるって自分では思ってる」「なんかフグ毒みたいだね」「テトロドトキシン」「フグ毒ってテトロドトキシンって言うの?」。一見すると会話は成立しているように思えるが、ちょっと考えればおかしいとすぐ分かる。フグは、自分の毒では死なないからだ。「いや、死なないじゃん!」──そんなツッコミが自然と湧いて出た。主人公も同じ気持ちだったのではないか? クスッときて、自分のことをバカバカしく感じることができたのではないか。


 小説集のタイトルになっている「不器用」という単語は作中で一度も登場しないが、主人公たちの共通点となるキーワードだ。いずれの主人公も、対峙する相手こそが「不器用」だと考えている。そんな相手と関わらなければならない状況に苛立っているのだが、実のところ、「不器用」なのは自分自身なのだ。「いや、できてないのは自分じゃん!」。主人公たちが自分で自分にそんなツッコミを入れられるようになるまでを、各編は描き出す。そのツッコミを、成長と呼ぶのだ。


 次回作も、めちゃくちゃ楽しみにしています。

この書評は「小説現代」2023年8月9月合併号に掲載されました。

吉田大助(よしだ・だいすけ)

1977年生まれ。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「週刊文春WOMAN」など、雑誌メディアを中心に書評や作家インタビューを行う。Twitter @readabookreview で書評情報を発信。

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