戒律が恐怖をもたらす孤島ミステリ/『十戒』

文字数 1,271文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

夕木春央著『十戒』

です!

 前作『方舟』の書評で、私はこう綴っている。“完璧の先にあるものはいつだって絶望だ”。


 絶望など快く受け入れて然るべき作品だった。それ程までに衝撃的な一冊だったのだ。そして今、私はとても困っている。あの日の絶望からまだ一年も経過していない。衝撃のおさまらぬまま、どう本書と向き合えば良いのだろう。


 里英は父と共に、伯父が所有していた小さな無人島を訪れた。初日の夜が明けると、視察旅行の参加者九名のうち一人が死体となって発見される。しかし、通報することも、島からの脱出も許されない。電波の問題ではないのだ。“この島にいる間、決して殺人犯を見つけてはならない”。犯人が残した十の戒律を破れば、全員が死ぬことになる。こうして犯人による神罰に怯える三日間が始まった。


 無人島なのに電波は良好。本来ならばその日来るはずだった迎えの船を全員の協力の元、三日後に延期する。クローズドサークルにしては随分と現代的な設定だ。現実味のある作品は、登場人物の感情が本の世界を飛び出して、読者にも伝染する。それがミステリ作品で体感できたことが堪らなく嬉しかった。


 著者、夕木春央は読者を怖がらせる才にとても長けている。これまで数多くのミステリを読んできた人ならば尚更、そう感じるのではないだろうか。現実味を帯びた絶望的な設定、そこに置かれた登場人物の心理描写。酷い殺害シーンがある訳でも無いのに、ページを捲るたびにじわじわと恐怖が募ってゆく。謎なんか解けなくて良い、このまま平穏に過ごしてくれと思ったのは初めてだった。完全に犯人の思う壺である。


 そして謎は解き明かされる。完璧なロジックであったにもかかわらず、不安感が残り続けた。本当にこれで終わりなのか? 私は『方舟』のラストをまだ鮮明に覚えている。二度読んで初めて完結する、あのラストを。


 ここでこの書評の冒頭に戻る。最も素晴らしい形で完成されたものを目にした時、人は必ず絶望する。そこから先に未来がないからだ。記憶が薄れ、また新しい感動を目にするまで、私はただ待つことしかできないと感じた。しかしそれは作者への最大の賛辞であると共に、冒瀆でもあったのだと、今日思い知らされた。


 あの日からまだ一年も経過していない。こんなにも早く絶望が塗り替えられると、誰が予想できただろうか。絶望は切望へと変わる。「さよなら」のその先を私は期待せずにはいられない。

この書評は「小説現代」2023年12月号に掲載されました。

青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。

インスタグラム/X(旧Twitter):@aotoshino_02

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