ホラーの中に、ユーモアと優しさ/『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』

文字数 1,255文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

由原かのん『首ざむらい 世にも快奇な江戸物語』

です!

 時代小説の世界で期待の新人作家が誕生した。


 2019年に第99回オール讀物新人賞を受賞した「首侍」を改稿・改題した「首ざむらい」に、書き下ろしを含む短編三編を加えた本作は、由原かのん氏という、現在62歳と遅咲きの作家による単行本デビュー作である。デビュー作にはその作家の全てが詰まっていると言われるように、氏が長い時間をかけて練り上げた本書は、人情の機微に触れる読書体験をすることができた作品だった。


 収録されている「首ざむらい」「よもぎの心」「孤蝶の夢」「ねこまた」の四編は、いずれも不思議な江戸の話である。生首、河童、そして猫又。題材は物の怪や怪奇現象といったホラー小説の王道なのだが、ユーモアと優しさが織り交ぜられていて、デビュー作にして落語のような人情怪奇譚というジャンルを開拓したのではないかと感じた。


 江戸の湯屋の隠居・池山洞春が、その昔小生意気でお茶目な若者の首と連れ立って旅した珍道中を描いた「首ざむらい」は、生首とともに成長する若者の物語となっている。読み進めるうちに二人(一人は首だけだが)の関係の変化にじんわりと心が温められた。


 花作りをしている咲兵衛を主人公とした「よもぎの心」は、若侍の突然死を追う過程で、目撃した河童の謎の真相にたどり着く様を描いたミステリ色の強い一編だった。


「孤蝶の夢」では、七歳で禅寺に預けられた梛丸が、寺を転々とうつされた挙句、参詣する者もないあばら屋と変わりない酒浸りの和尚がいる寺に預けられる。そこには孤蝶という少女がいて、二人で支え合いながら暮らしていたが、その和尚が何者かに殺され寺が燃やされた事件に紛れて逃げ出し、たどり着いた地で出会った女医と元忍者に救われ、徐々に人間としての自分を取り戻していく。離れ離れになった梛丸と孤蝶の二人の結末や、人家で飼われている猫が年老いて化けるという猫又に世間体と恋心を交えて描いた最後の一編「ねこまた」のラストの切れ味は、ぜひ読んで確かめていただきたい。


「首ざむらい」に「分かち合う者のない思い出は、夢まぼろしと変わりませぬ」という一文があり、強く印象に残った。裏を返せば、分かち合う者が現れた時、夢やまぼろしも現実のものになるということだろう。読後に感じた不思議な感情は、著者の想いを分かち合うことで生まれた感情だったのだと膝を打った。

この書評は「小説現代」2023年2月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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