時代を超えて働く意味を問う/『れんげ出合茶屋』

文字数 1,255文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

泉ゆたか 著『れんげ出合茶屋』

です!

 皆さんにも新作の発売を心待ちにしつつ、既刊を繰り返し読む作家さんがいるのではないだろうか。いわゆる推し作家というのだろうか。推しがいる生活は、日常がより楽しく豊かになるものだと思う。泉ゆたかは僕の推しの一人である。


 第11回小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作『お師匠さま、整いました!』、続く『髪結百花』(KADOKAWA)、そして現代ものの『おっぱい先生』(光文社)、『江戸のおんな大工』(KADOKAWA)など、時代ものから現代ものまで、時代やテーマは違えど、ここまで氏が描き続けてきたのは「働く人」である。特別な職業を紹介するという視点ではなく、「働くことの意味」との向き合い方が物語のベースにあり、そして何より著者の文章は読んでいて心地いいのだ。


 そんな氏の最新刊『れんげ出合茶屋』は、一風変わった場所で働く人たちの物語である。


 夫と離縁してから独り気ままに女中をしてきた色気とは縁遠いお咲は、新しい奉公先である上野不忍池の畔にあるあばら家を訪れる。そこで出会ったのは、強く華やかな別嬪の女主人・志摩と、どんな男も簡単に落としてしまう艶っぽい香だった。


 志摩は、ここで新しい商売を始めるという。この界隈は、男と女が密会をする出合茶屋が所狭しと並ぶ一角として広く江戸で知られていた場所である。そんな地で志摩が始めるのは、もちろん出合茶屋。今でいうところのラブホテルである。


 かつて咲の母は、呉服屋「紅葉屋」に奉公していたが、あばら家で出会った女主人の志摩は、その紅葉屋のお嬢様として咲とともに遊んだ仲だったのだ。ひょんなことから「紅葉屋」は潰れてしまい離れ離れとなり、久方ぶりに再会を果たした二人に香が加わり、「蓮華屋」と名付けられた出合茶屋の開店へ向けて準備が始まる。


「蓮飯屋」という食事処からスタートし、食事処兼出合茶屋へと業態を少しずつ変えていく過程が何とも面白い。お店で使用する食材をレシピ付きで販売するほか、スタンプラリー、お客様が自由に書き込めるメッセージノートなど、現代の顧客サービスに通じるアイデアが次々と繰り出されていくのだ。


 さらには、三人の過去を江戸時代の性を軸に描くことで、本音と建前が組み合わさり、人間の愛と憎しみ、恋愛の禍々しい怖さと切なさを強く感じることができた作品だった。


 僕の泉ゆたか推しはまだ続きそうだ。

この書評は「小説現代」2022年12月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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