真実の重みを描く法廷ミステリ/『幻告』

文字数 1,219文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

五十嵐律人著『幻告』

です!

 SF作品を好んで読まなくなったのはいつからだろうか。


 子供の頃はそれなりに心躍らせていた記憶があるが、歳を重ねるにつれてどうにも穿った見方をするようになってしまった。SF作品やファンタジー作品から離れるにつれてミステリ作品に関心が移った。「真実はいつもひとつ」という有名な某少年探偵のセリフがあるが、登場人物の小さな「事実」を少しずつ整理して真実に辿り着く、あの達成感と、事実の裏に隠された複雑な感情が私の胸を打つようになった。起きた事実は変えられない。挽回することすら容易ではない。それが法廷で下された判決であれば尚のことだろう。


 五十嵐律人のデビュー作『法廷遊戯』では本格ミステリならではの美しい伏線回収にひどく興奮した記憶がある。プロローグで今作『幻告』も法廷ミステリだと気がついた。気を引き締めて読み進めた第一章、「油淋鶏」の文字に一瞬、理解が遅れて「そうきたか……」と思わず声が漏れた。

 裁判所書記官として働く主人公、宇久井傑は、ある日法廷で気を失う。目を覚ますとそこはなんと五年前、父親が強制わいせつ罪で有罪判決を受けた裁判の初公判の日だった。そしてまた現代に戻ると、友人との関係性が変わっていることに気がつく。彼はタイムスリップをして、現代に影響を及ぼすことができたのだ。主人公はこの特殊な能力を使って、現在と過去の複雑な事実を巻き込み、真実を導き出そうとする。


『法廷遊戯』でも感じたことなのだが、登場人物の抱える事実の綴り方がとても丁寧なのだ。家族や友人との会話を通じて、ただの情報ではなく感情として伝わってくる。それは裁判官も同じだった。法廷ミステリにおいて、無情の神のように扱われがちな裁判官も本作では丁寧に描かれている。彼らにも苦悩や葛藤がある、私達と同じ人間なのだと本書は教えてくれた。


 冒頭のSFの話に戻るが、私はやはりこの類の物語を素直に受け止めることができないようだ。それは単純に私が大人になったからなのか、本書だからこそなのかは分からない。一つはっきりしていることは、現実にタイムスリップなどという現象は起こりえないということ。だからこそ法廷という場で決められる「真実」の重みを、そこに携わる人々の覚悟を、改めて作者に訴えかけられた気がした。

この書評は「小説現代」2022年10月号に掲載されました。

青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。インスタグラム/ Twitter (@aotoshino_02)

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