新境地、大人こそ楽しめる異世界転生モノ/『彼女が生きてる世界線!①』

文字数 1,317文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

中田永一著『彼女が生きてる世界線!①僕が悪役に転生⁉』

です!

「クソシナリオライター! どうしてあんな結末なんだよ!」「他の結末はなかったのかよ! 殺さなくても良かったじゃないか!」……と、物語の読者として叫びたくなる時はなかっただろうか。私にはあった。何度もあった。作者はなんでこんな結末にしたんだ?   と言いたくなる瞬間。しかし今冒頭で引用したのは、物語の読者の言葉ではない。物語の中のキャラクターの台詞なのである。


 本書『彼女が生きてる世界線!』の主人公は、なんと「異世界転生したことによって、大好きなアニメの悪役になってしまった」キャラクター。しかし主人公が異世界転生した先は、アニメ本編が始まる4年前の世界だった。僕はこれから、あのアニメの本編の展開を辿ることになるのか? だとすれば視聴者に「ざまぁ」と思われるバッドエンドしか用意されていないのか? そして、なにより本編で死んでしまうヒロイン・葉山ハルの運命は、どうなるんだ? 主人公は戸惑いながら、転生先の世界に馴染んでゆく。そしてひとつの使命を見つけるのだ。それは「シナリオライターが書いたアニメの結末を変えること」だった。


 作家・乙一の別名義である中田永一による4年ぶりの新作が、児童文学で、しかも異世界転生モノだとは思わなかった……と、本書を手に取ったとき私は驚いていた。しかしその驚きはすぐさま「この話、面白い!」という嬉しさに変わる。物語の書き手として熟練の技を持つ作者が、異世界転生というフォーマットを得ることで、改めて「物語の作り方」についての物語を書いているのだ。面白くないはずがない。


 そして本書は、普段、異世界転生ストーリーを読み慣れていない大人にこそ読まれてほしい、とても魅力的な一冊になっている。というのも、主人公はアニメの世界の悪役に生まれ変わるが、彼は実は前の人生でサラリーマンとして働いていたのだ。だからこそ転生先の世界で「物語の結末を変える」ことを目指すときも、その段取りや手段の現実味が、かなりサラリーマン的なのである。アニメのファンタジックな世界観と、主人公のサラリーマンらしい考え方のミスマッチが魅力的で、小説からは「サラリーマンの大人たちも、アニメの登場人物と同じくらい日々冒険をしているのだ」というひとつのテーマが見え隠れする。


 作者の新境地とも言える、異世界転生×サラリーマンの物語。大人の読者こそきっと、読めばその続きを待ち望んでしまうはずだ。

この書評は「小説現代」2023年2月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

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