噓の裏の心を描く/『栞と噓の季節』

文字数 1,338文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

米澤穂信著『栞と噓の季節』

です!

 謎を解くということは、苦い思いを受け入れるということだ。米澤穂信の書く青春ミステリを読むたびに、いつもそんなことを想う。謎解きは決して万能感をもたらすものではなく、暴いた真実によっては時にどうしようもない感情に囚われることがある。米澤はそうした謎解きという行為につきまとう苦みを描き続けているのだ。『栞と噓の季節』もまた然り。


 本作は北八王子市にある高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門を主人公にした〈図書委員〉シリーズの第二作だ。前作『本と鍵の季節』では、堀川と松倉が図書委員の活動を行う過程で出くわした事件を連作短編形式で描いていた。一編ごとにそれぞれ異なる謎解きの趣向に挑んでいたのが『本と鍵の季節』という作品の特徴だったが、第二作はある一つの謎を発端に主人公コンビが調査を進める長編になっている。


 その謎とは、図書室の返却箱に返された本の中に挟まっていた栞にまつわるものだ。栞は押し花をラミネート加工したもので、鈴を思わせる形をした紫の花が収められていた。花の名はトリカブト。猛毒を持つ花として知られているものだ。なぜこのような危険な植物を加工した栞が挟まっているのか。堀川と松倉は栞の持ち主を探し始める。


 些細な謎から始まるコンビの調査は、校内で美少女と評判の瀬野が現れてから変化を迎える。謎解き小説としての核が見え始めるのは第二章なのだが、ここは敢えて伏せておこう。ある程度ミステリ小説を読み込んでいる方ならば、某有名作品の題名が即座に思い浮かぶはずだ。米澤作品では過去の名作ミステリに対するオマージュが散見されるのだが、そうした部分を拾って作者がどう発展させているのかを鑑賞するのも一興だ。


 本作のプロットは一人称私立探偵小説の形式に近く、主人公コンビが校内の各所を歩き回りながら一つ一つ事実を検証していくことで話が進んでいく。パズルのピースを一つずつ丁寧に拾い上げ、全体像を完成させていくような感覚を味わうはずだ。


 その過程で重要なキーワードとなるのが、本の題名にもある「噓」である。噓をつくというのは本質的には悪と見なされる行いだ。しかし、なぜ噓をつかねばならなかったのか、ということを探ると、そこには噓をついた当人にしか理解し得ぬ心の動きがある。謎解きによって噓を暴いたとしても、完全には分かち合えぬものがあることを本作で読者は知ることになるだろう。噓の皮を一枚ずつ剝がした先にある光景が、いつまでも脳裏に焼き付く。

この書評は「小説現代」2023年1月号に掲載されました。

若林踏(わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪』(光文社)。

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