人生100年時代が生んだ恋愛小説/『かさなりあう人へ』

文字数 1,359文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

白石一文著『かさなりあう人へ』

です!

 人生100年時代、と言われて久しい。


 寿命は伸び続け、昔の想像より長く生きているのに、世間が想定している年齢ごとのライフスタイルは、あまり変わっていない。たとえば成人する年齢が変わったり、あるいは結婚や出産の平均年齢が少し後ろ倒しになったりはしているが、それでも追いつかないくらい、寿命はどんどん伸び続けている。そんな中で、恋愛の寿命も、もしかしたら伸び続けているのかもしれない──と本書を読んで感じる。人生100年時代において恋愛小説を綴り続ける、現代の小説家は言うのだ。「いつでも、恋を始めることはできる」と。


 50代の箱根勇と、40代の野々宮志乃は、ある日偶然、西友のスーパーで出会う。志乃の変わった行動によって引き合わされたふたりは、どちらも一度結婚したことがある。しかし夫に先立たれたり、離婚したりして、ふたりとも今はパートナーがいない。勇も志乃も、中年になって始まる恋愛に戸惑いつつ、過去の自分の痛みを自覚してゆくのだった。過去を抱えつつ、今また関係性を始める過程を描いた小説なのである。


 現代の恋愛小説でありながら、SNSもアプリも登場しない。元小説家志望の50代の男性らしいプライドの高さを見せる勇に、年齢を盾に自分から動こうとしない志乃。中年ふたりの恋愛に、もしかすると読者は最初戸惑うかもしれない。しかし読み進めていくうちに面白くなる契機は、彼らの周囲の人間が、彼らよりずっとカラッと彼らの恋愛を受け止めているところにある。


 志乃の義母や勇の娘は、中年の恋愛であるところのふたりの関係性をなんでもないこととして受け止めている。過去に縛られながら、それでも今の関係を受け止めようとするふたりを、周囲が背中を押す。このような在り方は、今だからこそ描くことのできる恋愛模様なのではないだろうか。


 自分の寿命が100年だとしたら、死ぬ前に思い出せるような深い人間関係は、どれくらい築けるのだろう。そんな想像をしてみた時、40代や50代で恋愛をするのは、全然おかしいことじゃないな、と思う。とくに志乃の義母のように、歳を重ねても過去の恋愛を楽しく語る人物像には、素直に好感を覚える人は多いだろう。


 さまざまな過去のしがらみを抱きながら、その歴史を大切にしつつ、目の前の人を大切にする。──そんな関係を丁寧に描き、そして周囲の人間を含めて明るく肯定した本書は、現代だからこそ誕生した恋愛小説なのかもしれない。

この書評は「小説現代」2023年12月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』『女の子の謎を解く』など。近著に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』。編著に『私たちの金曜日』がある。

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