愛すべき 詐欺師達 再集結!/『カエルの小指』

文字数 1,313文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

道尾秀介著『カエルの小指 a murder of crows』

です!

 忘れられない夜がある。その日は全国的な猛暑日で、なかなか寝付けなかった私は、本棚から『向日葵の咲かない夏』を手に取った。眠気が訪れるまで読むだけのつもりが、気付けば朝を迎えていた。読み終えるまでこの悪夢からは逃れられないと、強く悟った。窓から入る生ぬるい風が、汗の滲んだ体をなぞってひどく寒かった。次の日、案の定熱を出した私は、丸二日悪夢にうなされることになる。以降、『向日葵の咲かない夏』は本棚の奥に封印してしまったが、同じく道尾作品の『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』は、すぐ手の届く位置に置いてある。


 圧巻の伏線回収と、どんでん返しは、それだけで私の心を射止めたが、なにより、どこか人間臭い登場人物達には、また「会いたい」と感じる魅力があったのだ。今回紹介する作品は『カラスの親指』の続編にあたるもので、心待ちにしていた方も多いのではないだろうか。詐欺師から足を洗った主人公、武沢竹夫は実演販売士として生きる道を選んだが、ある日、訳ありの中学生キョウと出会う。生まれた時から父親はおらず、母親は詐欺被害に遭い、三階のテラスから身を投げたらしい。厳しい現実から救い出すため、かつての仲間と再集結し大仕掛けを計画する。


 ついにあの詐欺師達が帰ってきたのだ! プロローグのラストにある「久々に、派手なペテン仕掛けるぞ」という言葉に思わず、にんまりと笑みが溢れた。また、作中でキョウが言った「人間は、どこから来たのかじゃなくて、どこへ行くのかが大事」という台詞にも、随分と救われた。恐らく詐欺師達も同じ気持ちなのではないだろうか。大抵、読書中の作品に対する熱量は、読み終えればそこから徐々に下がっていくものだ。


 しかし道尾秀介の作品は、良くも悪くもその後の記憶に色濃く残り続ける。たとえ本棚の奥に仕舞い込もうとも、忘れる事など出来はしない。『カラスの親指』は一人、どうしようもなく心細い夜に読み返したり、映画版を視聴していたのだが『カエルの小指』も同じく、私にとってなくてはならない作品の一つになるだろう。


 テンポ良く進むストーリーと、愛すべき詐欺師達、騙されることにさえ心地よさを感じる。孤独は一日タバコ十五本分に匹敵する程体に悪いそうだが、それを埋めるのに最適な一冊だ。道尾作品において続編があるものはとても珍しいのだが、図々しくも作者がまた、彼らに会いたくなる日を期待せずにはいられない。

この書評は「小説現代」2022年8月号に掲載されました。
青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。インスタグラム/ Twitter (@aotoshino_02)

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