次世代への警鐘と気づき 災害を生きた先人の足跡/『天災ものがたり』

文字数 1,310文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

門井慶喜『天災ものがたり』

です!

 西日本を縦断した台風七号は、中国地方や近畿、東海などで記録的な大雨をもたらし、各地で浸水などの被害や交通機関の運休が相次ぎ、お盆休み終盤の移動に大きな影響を及ぼした。自然災害と接するたびに、人間は自然の前では無力に等しいなと感じてしまうのだが、これまでも人間は自然とともに、危険の可能性を知りながら共存してきた。


 本書は、一二三〇年の寛喜の大飢饉、一五四一年の甲府洪水、一六五七年の明暦の大火、一七〇七年の富士山宝永噴火、一八九六年の三陸沖地震大津波、そして一九六三年の三八豪雪という、鎌倉時代から昭和にかけて発生した天災をテーマとして描いた短篇集だ。

 甲府洪水をモチーフにした「一国の国主」を除き、主人公はいずれも庶民である。自然に抗うのではなく、自然に対して弱い存在であることを受け入れつつ、その時どのようにして自然の猛威と真摯に向き合ったのかを描いている。


 信玄堤を題材とした「一国の国主」では、戦国時代の名将・武田信玄が、二十一歳にして甲斐国の国主に祭り上げられ、家臣のあやつり人形のように扱われていた「武田晴信」時代に取り組んだ釜無川と御勅使川の治水事業が描かれている。後の各地の治水に大きな影響を及ぼすことになったこの事業は、治水の重要性だけではなく、その地に住む民から信を得ることの意味を認識するきっかけとなった。晴信にとっては、防災をはるかに超えた画期となる出来事だった。

 また、日本有数の豪雪地帯に生まれ、幼少期より生まれ年の出来事である四八豪雪の惨状を聞かされて育った僕は、追い立てられるように朝から晩まで雪かきをしていた日々を思い出しつつ、「小学校教師」をとりわけ興味深く読んだ。


 本短篇は大雪の影響で主人公の小学校教師の足を止める電車を舞台にした物語と、代行担任としてあがり症の新米教師が教壇に立つ過程が交互に描かれる構成となっている。足止めされた電車という視点と、教室での子どもたちの声から浮かび上がる遠くで起こった天災の影響という視点が物理的距離を越えて交差した時、社会の発展が「天災でないものを天災にした」のかもしれないという、現代を生きる我々の課題が見えてくる。

 最後に、本作で一番印象に残った言葉を紹介したい。「漁師」に登場する「子孫のための命支度」という言葉だ。人間は自然の前では無力に等しいが、本書に描かれた時々の天災に無力ながら向き合おうとした人々の姿は、これからを生きる人たちにとって大切な警鐘と気づきになるのではないか。

この書評は「小説現代」2023年10月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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