母と娘を、言葉ではなく繫ぐものとは/『腹を空かせた勇者ども』

文字数 1,263文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

金原ひとみ『腹を空かせた勇者ども』

です!

 腹を空かせている。とにかく腹を空かせている。本書の主人公・玲奈は、腹を空かせた中学生である。彼女は、夫公認の不倫をする母を持つ。映画配給会社に勤める母は、いつも玲奈に言葉を通して想いを伝えたがる。だが理屈っぽく抽象的な物言いをする母の発言について、玲奈はいつも「そこまで大げさに言う必要ある?」と不思議に感じ苛立っている。玲奈は、小説も読まず、バスケと友人との交流とオンラインゲームに精を出す中学生なのだ。本書はコロナ禍で揺れ動く玲奈の生活と、母に対する葛藤、そして家族三人の生活を描いた物語となっている。


 本書のあらすじだけ読むとかなり特殊な家庭の物語に思えるかもしれないが、小説を読み進めるうち、「案外これは玲奈たちの家庭に限った話ではないのかもしれない、普遍的な親子の物語なのではないか」と思えてくる。


 というのも、たしかに考えてみれば、若さとは具体性に宿るものだ。私たちは年齢を重ねるうち、語彙を増やし、言葉を覚え、そして抽象的に物事を話す術を覚えていく。仕事の会議で何かを説明したり、政治や社会情勢といった自分の身体範囲にないことを話したり、あるいは自分の感情を論理的に話すための喋り方をするようになる。


 しかし若いうち、とりわけ未成年の時期に、わざわざ言葉で自分の感覚を取り出す時間なんて、持ち合わせてない。とにかく今お腹が空いた、今つらい、今強くなりたい、今誰かと仲良くなりたい。その「今」に宿る具体性──つまりは抽象的な言葉のいらなさこそが、若さなのかもしれない、と本書の主人公・玲奈の発言を読みつつ思う。


 玲奈の母は、そんな玲奈の言葉を必要としない様子に戸惑っている。そして玲奈もまた、母と話が嚙み合わないことに苛立っている。本書で描かれる母娘の断絶は、その言葉の届かなさに宿る。しかし言葉を使えば、誰とでも繫がれるなんて、実際には、ただの幻想なのだ。では母と娘を繫ぐものは何かといえば、ごはん、なのだ。玲奈は母の作る料理が好きで、母も料理を作ることは欠かさない。


 思想が違っても、使う言葉が届かなくても、お腹を空かせた娘が母の作った料理を食べて喜ぶ。それで関係なんて充分なのかもしれない。本書を読むとそう思う。そんな普遍的な繫がりを魅力的に描いた母娘小説の傑作が、またひとつ誕生した。

この書評は「小説現代」2023年7月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

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