「正しさ」が乱立する世界で絶対的な「正しくなさ」を/『ここはすべての夜明けまえ』

文字数 1,342文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は吉田大助さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

吉田大助さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

間宮改衣著『ここはすべての夜明けまえ』

です!

 第一一回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞した間宮改衣の『ここはすべての夜明けまえ』は、こんな一文から始まる。〈二一二三年十月一日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです〉。実は、「わたし」は話すのではなく書いている。文章にひらがなが多いのは、画数が多い漢字を書くのは「めんどくさい」からだ。けれど、書くことはやめない。やることがなくてつまらないからだ。それから──。


 一〇一年前、二五歳の「わたし」は死にたがっていた。母親は自分を産んだ時の出血で亡くなり、そのために歳の離れた兄と姉からは嫌われ、母親そっくりの見た目をした自分に対して父親からは歪んだ愛情を注がれた。この世界では合法となっていた安楽死措置を望んだのだが、最終的に「ゆう合手じゅつ」を受けることを決める。それは「からだのほぼすべてをマシン化」し「永えんに老化しないようにするテクノロジー」で、一切の身体的苦痛から解き放たれ、若く美しい外見を保ち続ける人生が始まった。その選択は、周囲の人間に影響を与える。もちろん、彼女自身の感覚や思考にも。


 ひらがなが多用されながらも異様に読みやすい文章で記されたその人生はある時点で、赤ん坊の頃から知っている甥っ子であり「わたしのこいびと」だった、シンちゃんと暮らした日々の思い出に辿り着く。しかし彼も死んでしまい、話す相手がいなくなったからこそこの手記を書き出した。そして、彼には決して言えなかった、自分の本当の気持ちと向き合うこととなった。書くことや語ること、自分の思いを言葉にすることで、初めて分かることがある。これは、家族という関係に潜む加害性、および恋愛の加害性にまつわる物語だ。と同時に、主人公が最後に手にした倫理の是非を問う物語でもある。その倫理は、この設定だから、SFだったからこそ表現することができた。


 読みながら、十数年前の記憶が蘇った。映像化されるなど大ヒットしたある漫画の最終回で、大人が子供に対して絶対にやってはいけない選択をし、そこで立ち上がる家族像や恋愛像を純然たるハッピーエンドとして押し付けられた。あの時、自分は傷付いていたのだ。その傷を、ばんそうこうを貼るようなやり方とは全く違う形で、この物語が癒してくれた。「正しさ」が乱立する世界の中においても、絶対的な「正しくなさ」はある。それを知ることで、癒されるということもあるのだ。

この書評は「小説現代」2024年4月号に掲載されました。

吉田大助(よしだ・だいすけ)

1977年生まれ。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「週刊文春WOMAN」など、雑誌メディアを中心に書評や作家インタビューを行う。X(旧Twitter)@readabookreviewで書評情報を発信。

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