学ぶことで変わる時期を青春と呼ぶならば/『宙わたる教室』

文字数 1,359文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は吉田大助さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

吉田大助さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

伊与原新著『宙わたる教室』

です!

 老若男女とは「あらゆる人々」を意味する言葉だが、令和日本の多様性に照らし合わせた場合、こぼれ落ちてしまう部分が多々あるのではないか。伊予原新は、その四つ以外にも視野を広げた人間ドラマを意欲的に書き継いできた人だ。例えば、ブレイク作『月まで三キロ』は「理」、理系の人々の人生を綴る連作集だった。最新刊『宙わたる教室』では「夜」が新たに取り入れられている。夜学、定時制高校に集う人々の物語だ。


 歌舞伎町の近くにある都立東新宿高校は、夕方五時四十五分から一学年一クラスの定時制が始まる。金髪で両耳にピアスを付けた第一章の主人公・柳田岳人は、昼間は清掃会社で働いている。二年生には進級したもののやる気を失い退学を考えていたところ、担任の理科教師・藤竹から自身の特性にまつわる意外な指摘を受ける。希望となるはずのその指摘を絶望と受け取ってしまうところに、二一年間の人生で浴びてきた差別の根深さが宿っている。しかし、岳人が校内でも愛飲しているタバコを用いた(「全日制の高校では、なかなかやりにくい」とは藤竹の証言)、空の青さと雲の白さにまつわる実験に心を奪われる。「知ってますか」「火星の夕焼けは、青いんですよ」。藤竹の言葉に反応し、岳人は科学部の部員第一号となる。


 第二章では新大久保で夫とフィリピン料理店を切り盛りしている日比ハーフの越川アンジェラ、第三章では保健室登校を続ける一年生の名取佳純、第四章では七〇代の高校二年生・長嶺省造と、章ごとに視点人物が変わり、彼らが定時制高校に通う理由が語られていく。その過程で全日制の生徒をも巻き込んだ科学部の仲間集めが進展し、やがて一同集結の大舞台が訪れて……。部員の資質が多様性に満ちている、定時制の科学部だからこそ可能となった最終章の展開は大興奮だ。が、どの章にもちょっとしたエピソード、ワンフレーズでブワッと落涙させられる瞬間があるからたまらない。


 作中でアメリカの自動車会社フォードの創業者、ヘンリー・フォードの言葉が引用されている。「学ぶのをやめる人は、誰もが年寄り」。そして、「Anyone who keeps learning stays young」(学び続ける人はいつまでも若くいられる)。学ぶことで自分を変える時期を青春と呼ぶならば、青春とはどんな年齢であっても訪れるものである。そして、青春は伝播する。藤竹は言う、「人間は、その気にさせられてこそ、遠くまで行ける」。


 本書の読者もきっと、「その気」にさせられるはずだ。

この書評は「小説現代」2023年11月号に掲載されました。

吉田大助(よしだ・だいすけ)

1977年生まれ。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「週刊文春WOMAN」など、雑誌メディアを中心に書評や作家インタビューを行う。Twitter @readabookreview で書評情報を発信。

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