レディコミの女王、国際ロマンス詐欺に遭う/『毒の恋』

文字数 1,381文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

井出 智香恵著『毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」』

です!

 SNSで外国人を装って相手に近づき、巧みなコミュニケーションで恋愛感情を抱かせ金を騙し取る「国際ロマンス詐欺」。つい先日も、ガーナを拠点とした詐欺グループの一員とみられる男らが逮捕されたばかり。グループによる日本国内の被害総額は5億円にものぼるとみられている。


 本書は2018年から2021年まで、その「国際ロマンス詐欺」の被害に遭った70代の女性漫画家によるもの。レディースコミックの大家が騙し取られた金額はなんと7500万円。いったいなぜ、そこまでの大金を差し出すことになったのか? 抱き合う男女が描かれた表紙をめくると、ことの顚末が包み隠さず記されていた。


 映画『アベンジャーズ』シリーズのハルク役などで知られるハリウッドスターのマーク・ラファロが“お気に入り”だった著者は、マークが公式ツイッターで発信するたびに、著者のアカウントから「いいね」を押すように次女に頼んでいた。するとほどなく、著者のフェイスブックにメッセージが届いた。その相手はなんとマーク・ラファロ。


「ハリウッドスターからメッセージが届いた! 嬉しい、信じられない!」

 と著者は大喜びしたというが、そのマークこそ、詐欺師が演じた偽りのマークだった。しかし本物だと信じていた著者は、ネットの翻訳機能を使い、偽マークとメッセージを交わし始めた。当時、著者は70歳。偽マークには最初からそれを明かしていた。それでも偽マークは漫画家の著者に敬意を表し「美しい」などと誉めてくる。


〈お世辞とわかっていても、心が満たされる自分がいました〉


 のちに二人はパソコンを通じて、偽マークから教えられた〈イタリア式の秘密の儀式という「血の誓い」〉をモニター越しに交わした。しかし、甘い時間はここで終わり。以後、偽マークからは堰を切ったように、金を要求され続けていく。


 まえがきに〈身を切られるほどの痛みを味わいました。それと同時に、傍から見てこんなにおもしろい出来事はない、と理解しています〉とある通り、包み隠さず明かされた偽マークとの恋は凄まじく面白い。しかし顚末よりも心を打たれるのが、著者自身が騙された理由を分析した第8章。レディコミで長年活躍し続ける著者にしか書けない内容だ。“あらゆるエンタメは「理」よりも「情」によって物語を動かし、見る人の心を揺さぶる”と著者は解説する。これはエンタメだけでなく現実の世界にも当てはまる場合がある。「詐欺」こそ「情」で人を動かそうとする犯罪そのものではなかろうか。

この書評は「小説現代」2023年2月号に掲載されました。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』などを出版。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

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