自己の掘り下げ、そこに宿る普遍性/『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』

文字数 1,382文字

どんな本を読もうかな――。

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今回は内藤麻里子さんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

内藤麻里子さんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

内田也哉子著『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅

です!

 正直に告白するが、芸能界にいる人の本だから、警戒しながら手に取った。語り下ろしを誰かがまとめたのではないかとか、自分語りでいっぱいだったらどうしようとか。けれどそんな心配は杞憂だった。これは深く考える人の本だ。副題に「空っぽを満たす旅」とあるように、自分の空洞を埋めるための道程をつづるのだが、自分のことであっても深く掘っていけば、そこには普遍性が宿る。


「空っぽ」なのは何かといえば、両親を立て続けに亡くした自らの心と体だ。母である樹木希林を二〇一八年九月に、そのわずか半年後に父である内田裕也を亡くした。そんな状態の自分を「うわのそら」と表現する。


 この「うわのそら」もそうだが、この人の言葉はどこか懐かしく、文章がまろやかだ。両親ともに有名人で話題に事欠かなかったから、世間と距離を取るために一歳半からインターナショナルスクールに通った。子どもの頃、日本語が少し怪しかったという。しかし、絵本『ジョゼット かべを あけて みみで あるく』(イヨネスコ作、谷川俊太郎訳)に「出会ってしまった」。「英語環境を中心に育った私が、日本語というとんでもなくふくよかな言語の泉に、子どものくせに官能をおぼえたのだ」という。外国人が日本の美を見出すようなものか。それゆえ文章センスに古い日本語の伝統が息づいているのかもしれない。


 ともあれ、空洞を抱えたまま十五人の人々との〝対話〟の旅に出る。それは幼い日に出会った絵本を翻訳した谷川はじめ、小泉今日子、養老孟司、坂本龍一ら錚々たる顔ぶれ。直接会う他に電話やリモートもあるが、特筆すべきはほぼ全員に一対一で話を聞いていることだ。相手もそれを意気に感じている。だから親密さの中で貴重な話を聞いている。それらが著者に降り積もっていく。本書では、話した内容を取り込みエッセイとしてつづる場合もあれば、会話をそのまま文字起こししている場合もある。著者が読み解いた対話の核が、我々にもしみ込んでくる。


 谷川は内田の話を聞いて、ある映画の主人公が口にする「僕は良い人間になりたい」というセリフを思い出したと言う。そして「それには、きっと、おおきな視野で、ちいさなことをする、ってことなんだろうな……」と話す。写真家、石内都に会った後は「心が震えるものと出会うためには、もしかすると、それ以上の暗闇と向き合わなければならないのかもしれない」という予感に打ちひしがれもする。人間はどう生きているのか、ハッとするような言葉の数々がここにある。


 空洞を埋める旅は、まだ道半ばかもしれない。内田也哉子という人はどこへ行くのか。目が離せなくなった。

この書評は「小説現代」2024年4月号に掲載されました。

内藤麻里子ないとう・まりこ)

1959年生まれ。毎日新聞の名物記者として長年活躍。書評を始めとして様々な記事を手がける。定年退職後フリーランス書評家に。

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