心に深くしみわたる大正ロマンと人の情/『浅草ルンタッタ』

文字数 1,361文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は柳亭小痴楽さんがとっておきの時代小説をご紹介!

柳亭小痴楽さんが今回おススメする時代小説は――

劇団ひとり著『浅草ルンタッタ』

です!

 私は著者である劇団ひとりさんをとても尊敬しています。作家として映画監督として、そして何より芸人として。どの分野においても笑わせてくれ、泣かせてくれ、怖がらせてくれ、ほっこりさせてくれて、いつも私の感情を激しく揺さぶり、心を震わせてくれる。


 この作品をまだ読んでいない方、ぜひ立ち読みで良いので最初の三ページを読んでもらいたい。“立ち読み”で大丈夫です! ですが、その三ページで多分もう皆さんレジに向かっているんじゃないでしょうか?


 ある雪の降り積もる冬の夜、女郎屋「燕屋」の前に捨てられていた赤ん坊。女郎たちに拾われ、お雪と名付けられた女の子の哀しくも温かい、孤独と愛情に包まれた半生の物語。この作品は章分けがなされていないが、節々での時間の進め方がとても面白かった。


 温かい笑いと共に始まる冒頭、母心を持って親となって赤子を育てようと決意した千代。


 そんなシーンを終えると空白があり、五年という歳月が経ち赤子から五歳になっているお雪。この描かれていない余白の時間。その間の物語を読み手である私たちが想像しながら楽しめる。初めは迷惑がっていた周りの女郎達が率先して歌や踊り、お裁縫に料理、読み書きに算盤、それぞれが得意な事をお雪に教えている。燕屋の女郎、世話役・信夫、みんなでお雪を育てるという、お雪を思うととても幸せな生活が始まった。


 そしてまた四年が経ち九歳になったお雪。可愛げのある悪さを覚えながらも、信夫に連れられ、浅草六区の芝居小屋「風見座」で観た浅草オペラに魅了されていく。覚えたオペラをみんなに観せて毎日を楽しんでいた……。そんなある日、一人の非道な男によって、幸せな日常が一日にして絶望の日々へと変わってしまう。突如としてやってきた家族との別れ、行き場所が無くなり辿り着いたのが風見座の屋根裏。そこから始まる見渡す限りが暗闇の生活。九歳の女の子が一人で生きて成長していく。そんな壮絶な孤独との七年間の戦い。心の拠り所はオペラであった。それから信夫達と再会は出来るも、お雪にはまた新たな試練が待ち受けている。しかしお雪が心に決めていることは、ただ一つ、母・千代に会うことだけ。そのためにお雪は転んでも立ち上がり続け、決して諦めないで歩き続ける。そんなお雪と千代を人生をかけて支え続ける信夫や鈴江、福子と兵助。皆それぞれに経てきた過酷な経験がある。貧困や不幸や悲しみを抱えた大人達が、どうにかお雪だけにはそんな思いをさせないようにと陰日向に支えていく。心温まる新しい浅草の大正ロマンを感じられる作品でした。

この書評は「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

柳亭小痴楽(りゅうてい・こちらく)

落語家。1988年東京都生まれ。2005年入門。09年、二ツ目昇進を機に「三代目柳亭小痴楽」を襲名。19年9月下席より真打昇進。切れ味のある古典落語を中心に落語ブームを牽引する。

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