読者の心に爪痕を残す謎解き短編集/『鬼の話を聞かせてください』

文字数 1,322文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

木江恭『鬼の話を聞かせてください』

です!

 切れ味鋭い論理によって謎が解かれる瞬間は爽快で、その気持ちよさを味わうためにミステリを読んでいる人も多いだろう。しかし、爽快感とは真逆の味わいをもたらす謎解きが描かれることもある。木江恭『鬼の話を聞かせてください』はその一例だ。


 本書は「影踏み鬼」「色鬼」「手つなぎ鬼」「ことろことろ」と題された四つの物語を収めた連作短編集で、木江恭にとってはデビュー作『深淵の怪物』に続く二冊目の作品だ。各編に共通して登場するのは霧島ショウというフリーライターで、彼は「あなたの体験した『鬼』の話を百字以内で聞かせてください」と呼びかけ、都市伝説のような不可思議な話を集める企画を立てていた。だが実際に体験談を聞いて回るのは霧島の知り合いである写真家の桧山という男だ。第一話の「影踏み鬼」では幼い頃に祖父の家で経験した不可解な出来事を語る取材相手に対し、桧山は「これは一種のゲームだと思ってください」「厳密なルールに基づいた机上のロジックです」などと言い、推理を披露してみせる。つまり本書は奇談収集の形を借りた本格謎解き小説集なのだ。


 各編で登場人物たちが語る話はいずれも過去に起こった事であり、桧山が推理を組み立てるためのデータも全ては取材相手からの伝聞によって与えられたものだけだ。この限られた情報をロジカルに繫ぎ合わせて、登場人物たちの体験談に隠された構図を浮かび上がらせるところが本作の謎解き小説としての肝である。短い紙数の中で至る所に伏線を忍ばせている点が見事で、それらが綺麗にまとまっていく解決編には感嘆の念を抱いた。


 だが本作の真の読みどころは、むしろ推理が終わった後の展開にこそある。桧山はあくまで「机上のロジック」と断りながらも、登場人物たちにとって衝撃的な推理を導き出す。それは彼らがそれまで信じていた世界の光景を一変させるようなインパクトを与えることもあるのだ。その意味で最も印象深いのは第二話の「色鬼」だろう。ある町中で起こった奇妙な落書き事件と、それに絡んだ若い女性の死を描く本編では、推理場面において多種多様なアイディアが盛り込まれており驚かされる。だが、推理が終わった後、それが登場人物の心にどのような波紋をもたらすのか、という点で更に啞然とするような展開が待っているのだ。ときに不遜で不敵な態度を取る探偵役・桧山の人物造形も含めて、読者の心に深く爪痕を残すような連作ミステリである。

この書評は「小説現代」2023年4月号に掲載されました。

若林踏(わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪』(光文社)。

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