人生を変えた作家、待望の復活!!/『噴怨鬼』

文字数 1,270文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は田口幹人さんがとっておきの時代小説をご紹介!

田口幹人さんが今回おススメする時代小説は――

高橋克彦著『噴怨鬼』

です!

 一冊の本が、読んだ者の人生を変えてしまうことがある。多くの読書家には、それぞれが読んできた歴史の中で、忘れられない一冊・自分を形作った一冊があるのではないだろうか。僕にとってそれは、高橋克彦氏の『火怨 北の燿星アテルイ』(講談社)である。かつて東北地方が蝦夷の地と呼ばれていた時代、阿弖流為と征夷大将軍・坂上田村麻呂との戦いを壮大なスケールで描いた物語だ。歴史とは、勝者が残したものが後世に伝えられるものである。だからこそ敗者の歴史に光を当てることが大切なのだ。これは『水壁 アテルイを継ぐ男』(PHP研究所)まで続く氏のライフワークである東北の大河小説シリーズの根底に流れるテーマとなっている。


 さて、本作は、氏がこれまで描いてきた主人公の中でことに気に入っていたと公言している陰陽師・弓削是雄を主人公とした鬼シリーズの実に十九年ぶりの新作である。


 平安時代前期の都に、応天門の変で罪を被せられた伴大納言が鬼の姿で現れ、疫病の種を撒き散らすとの予言がなされた。大納言の鬼と対峙するが、その背後に潜む強大で邪悪な鬼の存在に辿り着く。その鬼の正体を突き止め、鬼の魔の手から民を救うため、弓削是雄と仲間たちは、蝦夷の地に向い、鬼との戦いに挑むのだった。


 神との戦いを覚悟しつつ、辿り着いた蝦夷の地で、キーワードとなる「藤原の蔦」を頼りに鬼の正体を探す是雄たちをサポートするのが、『水壁』で阿弖流為の血を引く天日子を支えた物部一族の日明と軍師・幻水である。往年のファンは、この辺りで最後まで一気読みすることを覚悟するだろう。それほどに克彦ワールドが凝縮されている。さらには、初読みの読者も楽しめるよう、登場人物の背景が丁寧に描かれているので、ぜひお楽しみいただきたい。


 最後に、高橋克彦について記した評伝の決定版といえる『作家という生き方 評伝 高橋克彦』(道又力著/現代書館)の一節を紹介しよう。


「克彦の場合、実在の人物を主人公に地方の視点から歴史をとらえ直すのは歴史小説、江戸を舞台に正義のヒーローを自由な発想で活躍させるのは時代小説、と使い分けている」


 歴史小説と時代小説の違いを明快に分類した上で、歴史小説においても、時代小説においても、つねに最前線を走り続けてきた作家が高橋克彦なのだ。


 東日本大震災後、休筆宣言をしていた氏であったが、作家・高橋克彦が戻ってきたことを心の底から喜びたい。

この書評は「小説現代」2023年7月号に掲載されました。

田口幹人(たぐち・みきと)

1973年生まれ。書店人。楽天ブックスネットワークに勤務。著書に『まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す』『もういちど、本屋へようこそ』がある。

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