爽快で鮮やかな青春ノワール小説/『ダンシング玉入れ』

文字数 1,294文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

中山可穂著『ダンシング玉入れ』

です!


中山可穂による宝塚を舞台にした小説シリーズの最新作が発表された。『男役』『娘役』『銀橋』に続く今回のタイトルは、『ダンシング玉入れ』。一見何のことか分からないかもしれない。しかしこのタイトルにピンときた人がいるとすれば、必ず本書がやみつきになることを保証したい。


 主人公は無敵の殺し屋。依頼に応じて誰でも殺すことのできる腕を持つ人物である。彼の今回のターゲットは、宝塚歌劇団月組トップスター・三日月傑。主人公が三日月のことを尾行すればするほど、驚くのは彼女のストイックな生活。さてこの中でどうやって殺しを実行するのか? そして彼に殺しを依頼した犯人は一体誰なのか? 秘密が渦巻く中で、今日も宝塚の幕が開く。


 本書の秀逸な点は、たとえ宝塚に詳しくない読者であっても、鮮やかなノワール小説として楽しめる小説となっているところだ。中山の過去作『ゼロ・アワー』読者ならにやりとしてしまうであろう、お馴染みの殺し屋集団は今回も登場する。殺し屋と宝塚という、中山可穂にしか描けないマッチングの妙により、読後はスカッとする爽快なエンターテインメント小説になっている。


 中山の描く宝塚小説の見どころは、なんといってもそのストイックな青春の在り方にある。これまでの宝塚シリーズから引き続き、彼女の描くスターたちは、決して世間が想像するような女性同士のけんかや足の引っ張り合い、あるいは同世代の女性たちが目を向ける世の中のよしなしごとには脇目もふらない。


 若い女性のイメージに相応する余暇をかなぐり捨て、全身全霊で舞台という名の青春に没頭する。その姿はまるでオリンピックに邁進するアスリートの姿と同じようだと、主人公の殺し屋は驚きをもって語る。


 本書に登場するトップスター・三日月もまた、殺し屋に狙われるという数奇な運命を抱きながら、ある意味「命を懸け」つつ、舞台へ向かう。宝塚がテーマの小説というと華やかな舞台を描いた物語を想像するかもしれない。しかし実のところは、スターが舞台上で見せる姿の裏にある、ストイックに自分を追い込む青春の日々を切り取っている。それは青春小説と呼ぶべききらめきに満ちた小説にほかならない。


 現実では演劇業界がコロナ禍の打撃を受けているが、せめて物語のなかだけでもコロナを忘れて明るく楽しいエンターテインメントを見たい、そんな願望が必ず満たされる一冊となっている。

この書評は「小説現代」2022年8月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

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