人間を、自分を、信じてみたくなる/『人間みたいに生きている』

文字数 1,367文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は吉田大助さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

吉田大助さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

佐原ひかり著『人間みたいに生きている』

です!

 氷室冴子青春文学賞出身の佐原ひかりが、長編第三作『人間みたいに生きている』で「食べられない」少女をヒロインに据えた。


 冒頭シーンが印象的だ。高校の教室で友人と昼食を摂っている三橋唯は、お弁当箱に入っている鳥の死骸=鶏の唐揚げをほおばり、口腔機能をなんとか駆使して〈自分に自分以外の何かを取り入れる〉。思春期の肥満嫌悪による拒食症などではない。唯は、食べることが気持ち悪い。


 ある日、街の外れに吸血鬼が棲んでいるという噂を耳にした唯はその古い洋館へと赴き、膨大な本とともに暮らす金髪の年上男性に出会う。その男──泉は、血の入ったパックを飲んで「食事」した直後だった。そこからホラーかつシリアスな展開が勃発すると思いきや、血しか飲めない病気を患っていると告白した泉に対して、唯は「憧れ」を表明した。そのリアクションにむしろ泉の方がテンパってしまい、すれ違う会話はまるでコントのようだ。唯はその後、放課後や休日になると洋館を訪れるようになる。美味しいものを食べることは幸せという世界の中では、食べられない自分は異常で不幸。そんな強迫観念から逃れ、ありのままの自分でいられるからだ。


 唯が抱える「食べられない」は極端なものだと感じられるかもしれないが、彼女を孤独に追いやる同調圧力やよかれと思ってのお節介は、誰しも味わったことがあるものだろう。特に、青春時代に。と同時に本作は、経験や常識、先入観によってラベリングを施すヒューリスティックな思考法も批判の対象に挙げる。例えば、唯が勇気をふるって母に「食べたくない」と打ち明けるシーン。「……ばかなこと、言わないで。食べたくない、なんて、生きたくないのと同じじゃない」。同じなんかじゃ、ない。


 冒頭シーンにおいて、見方によって食事とはこんなにもグロテスクであると綴られていたのと同じ筆力で、著者は人間の会話やコミュニケーションに潜むグロテスクさを見つめ言語化していく。その刃は、主人公である唯にも向けられているという点にフェアネスが宿る。彼女もまた、他者を自己流の鋳型に嵌め込む想像力の持ち主なのだ。ならばその鋳型が壊れた時、何が起こるか。自分のことも鋳型に嵌め込んでいたのかもしれない、という気付きが生まれる。〈「治す」んじゃなくて、自分の身体を探って、試してみたい〉。


 終盤は、光を感じる文章の連鎖で目がくらんだ。とりたてて特別なことは起きていない、けれど奇跡のように感じられるラストシーンを前に、人間を、自分を、信じてみたくなった。

この書評は「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

吉田大助(よしだ・だいすけ)

1977年生まれ。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説 野性時代」「週刊文春WOMAN」など、雑誌メディアを中心に書評や作家インタビューを行う。Twitter @readabookreview で書評情報を発信。

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