好きなものを通して世界と繫がる喜び/『ラウリ・クースクを探して』

文字数 1,341文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』

です!

 子どもだった頃、好きなものにしか心を開くことができなかった、という記憶がある人は案外多いのだと大人になって気づいた。今となってはオタクと呼ばれる人々のことである。たとえば本やサッカーやアニメに触れているときが一番心を開くことができた、という人もいるだろう。本書の主人公ラウリの場合は、それがプログラミングだったのだ。


 ラウリが生まれたのは、一九七〇年代──ソ連に併合されていた時代のエストニアである。彼は幼少期から、プログラミングに惹かれていた。父の偶然もらってきたパソコンを叩いて成長したラウリは、なかなか学校に馴染めず、友達もできない。しかしプログラミングを通して、はじめて心を開くことのできる友人・イヴァンとカーテャと出会う。だが彼らとの蜜月は長く続かなかった。ラウリらが進路を選ぶ頃、エストニア独立の機運が高まっていたのだ。


 ラウリというひとりのキャラクターの物語は、エストニアの独立史、そしてエストニアがIT先進国になる歴史と並行する。エストニアというと遠い国と感じるかもしれない。が、今や日本よりずっと進んでいるIT先進国である。たとえばマイナンバーの仕組みやオンラインの税申告はかなり早い段階から活用されており、今やオンライン投票も可能になっている。しかしそれは偶然ではない。エストニアという国が、ロシアとのかかわりの歴史のなかで、IT先進国になるべく決断した結果なのである。ラウリの人生を通して、私たちはエストニアという国の歴史、そして国家間の政治対立がどれだけ大衆を振り回すか理解するだろう。


 しかし本書が読者に伝えるものは、決してエストニアの歴史を知る楽しさのみではない。ラウリの生き様には、現代の私たちとかなり近しいものがある。たとえば今日本でオタクと呼ばれる人々が、自分の好きなものを通して広く世界と繫がることができるように。エストニアに生きたプログラミングオタクのようなラウリもまた、プログラミングを通して人生を動かしてゆく。時代に翻弄されながら、ラウリはプログラミングに魅了された生き様を見せる。それは、国境や時代を越え、自分の好きなものを通して世界や他人と繫がる喜びを私たちに伝えるのだ。


 本書を読み終えた読者にとって、エストニアは決して遠い国ではなくなっている。プログラミングに魅了されたひとりの青年──ラウリ・クースクがそこにいるのだから。

この書評は「小説現代」2023年10月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』『女の子の謎を解く』など。近著に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』。編著に『私たちの金曜日』がある。

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