明快かつ爽快なゲーム小説の逸品/『地雷グリコ』

文字数 1,346文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は若林踏さんがとっておきのミステリーをご紹介!

若林踏さんが今回おススメするミステリーは――

青崎有吾著『地雷グリコ』

です!

 優れた謎解きミステリの技巧を以て書かれた、ひりつくようなゲーム小説。青崎有吾『地雷グリコ』とは、そういう作品である。


 本書には「地雷グリコ」「坊主衰弱」「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」「フォールーム・ポーカー」という五つの短編が収録されている。各編の題名を見ればお分かりの通り、本書では〝ジャンケン〟や〝だるまさんがころんだ〟といった誰にでも馴染み深い遊びをアレンジした独自のゲームが描かれている。各編でゲームに挑むのは、都立頰白高校に通う一年生の射守矢真兎だ。射守矢は緩い感じを漂わせる女子高校生なのだが、勝負事にはとことん強く、いざゲームが始まると誰もが驚くような洞察力と閃きを見せる。そんな彼女が様々な事情から毎回ゲームに巻き込まれるというのが、この連作集の基本形だ。


 いずれも作者が考案したオリジナルのゲームだが、ルールはそれほど複雑ではない。例えば表題作の「地雷グリコ」は、階段で行う「グリコ」に〝踏むとスタート地点の方向に十段戻らなければいけない地雷を置く〟という条件が加わったもので、おそらく大半の人が特別な知識が無くても簡単に理解できるだろう。ところが〝地雷を置く〟というルールがたった一つ増えるだけで、この遊びは多彩な知略が目まぐるしく繰り出されるゲームへと変貌するのだ。シンプルなのに打ち手は多い、というのは知的遊戯の理想形ではあるが、青崎はそれを一編ごとに高いレベルで成し遂げている。


 ゲームそのものの奥深さに加えて、本書では青崎有吾が本格謎解き小説で培ってきた技法が巧みに使われている点も素晴らしい。〈裏染天馬〉シリーズや〈ノッキンオン・ロックドドア〉シリーズなどを読むと、青崎は手掛かりの提示に対して並々ならぬ神経を使う作家であることが分かる。思わぬところに隠されていた手掛かりから、複雑にこんがらがった糸がいとも容易くほどけるように謎が解ける様を描き続けているのだ。そうした手掛かりの提示から生まれるサプライズが、ゲーム小説集である本書でも十分に堪能できる。特に最終話である「フォールーム・ポーカー」は凄まじい。高度な心理戦と駆け引きが白熱している最中に、「こんなところに手掛かりが隠されていたのか」という思わぬ驚きが待ち受けている。特異なルールが目を引く頭脳バトルの要素に、手掛かりの配置を肝とする本格謎解きミステリの技術がしっかりと組み込まれることで、実に明快かつ爽快なゲーム小説の逸品が誕生した。

この書評は「小説現代」2024年1,2月合併号に掲載されました。

若林踏(わかばやし・ふみ)

1986年生まれ。ミステリ小説の書評・研究を中心に活動するライター。「ミステリマガジン」海外ミステリ書評担当。「週刊新潮」文庫書評担当。『この作家この10冊』(本の雑誌社)などに寄稿。近著に『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』(光文社)。

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