ありのままの笑顔と涙/『invertⅡ 覗き窓の死角』

文字数 1,235文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は青戸しのさんがとっておきのミステリーをご紹介!

青戸しのさんが今回おススメするミステリーは――

相沢沙呼著『invertⅡ 覗き窓の死角』

です!

 カバーの女性と目が合う。


 淡く滲むミモザに囲まれ、真っ直ぐにこちらを見つめる彼女の翠眼は涙でいっぱいだった。城塚翡翠はどうして泣いたのだろう。


 美しいカバーに魅了されて手に取りたくなる気持ちはよく分かるが、シリーズ一作目の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』をまだ読んでいないのであれば、先にそちらから読み進めて欲しい。シリーズ三作目になる本書を待ち望んでいた方も多いだろう。もちろん、私もその中の一人だ。


 本書は中編二作収録になっているが「生者の言伝」は、「あの城塚翡翠が帰ってきたぞ」と知らしめる幕開けのようだった。コミカルな雰囲気でクスッと笑ってしまうようなシーンも多く見られたが、ほんの少しだけ濁されたラストでぐっと胸が傷む。容易に人が死ぬミステリ作品は謎解きに目を向けているうちは楽なのだが、登場人物の心や過去に触れると、どうにも苦しい。現実世界との境が曖昧になって、哀れみとはまた別の共鳴に近い飲まれ方をしてしまうのだ。繊細な心理描写は著者、相沢沙呼の大きな強みであり、全読者の弱みだろう。


 タイトルにもなっている「覗き窓の死角」を読み進める頃には、街にサーカス団がやって来た時のような、どこか不安を孕んだ高揚感でいっぱいだった。本作も前作同様、倒叙形式のミステリになっており、この話の犯人はかつて妹を自殺に追いやったモデルの藤島花音の殺害を企てる。幸運か悲運か、その計画は二週間前に偶然知り合った城塚翡翠をアリバイ証人に仕立て上げるというものだった。友人と趣味の話で盛り上がる名探偵城塚翡翠は、これまで形容されてきた強烈な美しさや、あざとさとは裏腹に、ごくごく普通の女性のようだった。彼女がありのままの笑顔を見せる度に、全読者が微笑みを浮かべたのではないだろうか。だが、それと同時に不安も募っていったことだろう。探偵としての彼女が死んでしまうのではないかと。


 不穏な空気のままで申し訳なく思うが、少しでも好奇心を持ったのであれば、ぜひ書店に足を運んで欲しい。本を閉じてもう一度カバーの女性と目が合った時、貴方は必ず名探偵城塚翡翠の新たな活躍を待ち望むことになるだろう。


 実写ドラマ版も十月より放送中であり、より多くの人間が著者の術中に陥ると思うと、今から楽しみで仕方ない。

この書評は「小説現代」2022年12月号に掲載されました。

青戸しの(あおと・しの)

モデルや女優を中心に多方面で活躍中。MVに出演し、ヒロイン役を務めるなど活動の幅を広げている。インスタグラム/ Twitter (@aotoshino_02)

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