〝中の人〟による人気シリーズ銀行編/『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』

文字数 1,415文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

目黒冬弥 著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記 このたびの件、深くお詫び申しあげます』

です!

 出版社・三五館シンシャが発行している「職業日記」は、さまざまな職業の中高年がその仕事と生活を綴る人気のシリーズ書籍。第一弾の『交通誘導員ヨレヨレ日記』では、70代の現役交通誘導員がその実態を、悲哀と笑いを織り交ぜながら描き、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』では、売れっ子翻訳家が業界を去るまでのリアルを赤裸々に描いた。全て実話であることが特徴でもあるシリーズ最新刊は、現役のメガバンク銀行員によるもの。その書きぶりは、思わず著者の身を案じずにはいられないほどだ。


 まずタイトルにもなっている「メガバンク」がどこなのか、と読者は興味津々でページをめくることだろう。すると本編に入る前の表紙見返しに早速「M銀行」とイニシャル表記がなされている。潔さにのけぞりつつ、そこにある文章を読み進めると〈最近、世間を騒がせるいくつかの不祥事を引き起こした。多くの行員がその対応、事後処理にあたり、私もその最前線にいたひとりだった。〉とある。昨今、度重なる不祥事を引き起こしたM銀行……といえば脳裏に浮かぶメガバンクはひとつ。これは“中の人”が当時の内情を、匿名でつまびらかにしているのだと期待が高まる。


 とはいえ、終始重苦しい話というわけではない。あくまでも日記として読めるのが本書の良いところであり、コミカルな文章に時折ふいに笑ってしまうこともある。たとえば、何度目かの大規模システム障害が発生した時、著者は、ちょうど休みであったことから家族で横浜中華街を訪れていた。副支店長から電話を受け、今から支店に来られるかと尋ねられると著者は思う。〈またか……。〉と。著者が過去にも修羅場をくぐり抜けてきたのだとすぐに分かる一言であり、同時に、無関係の我々でも感じたその気持ちを、中の人も持っていたのだという妙な共感を覚えてしまう。加えて、間の悪いことに電話を受けた時、主張の激しいファッションで外出していたため、そのまま支店に駆けつけると副支店長から「私服ってそんな感じなんですね……」と開口一番言われてしまうところにも、笑いを堪えきれなかった。こうした描写がむしろ、システム障害対応にあたる彼らのリアルを感じさせる。


「結婚式をやるかどうか決めるのは支店長」など、外からは窺い知れないメガバンクの“驚きの常識”も所々に織り交ぜられている。


 直前に知らされる異動先にすぐさま引っ越し。新たな土地で仕事に邁進し続けながらも、出世コースから外れる著者。それでも日々、お客様へのあいさつを欠かさず、今もある支店で奮闘し続けているという。

この書評は「小説現代」2022年12月号に掲載されました。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』などを出版。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色